第8話 我が儘

 ――それからかなり長い時間、賢人の方々と受け答えをして、解放され時にはもう夜でした。僕なりの意見は包み隠さず全部、言えたと思います。

 委員会自体は、この後も休憩を挟んで夜通し続くそうです。

 す、凄いです。僕はもうふらふらです……。

 でもだからといって、自分の足で歩けない程じゃありません。夜になったといえ、まだまだ人が多い首府の大通り。好奇の視線が僕に突き刺さります。


「エ、エルさん、降ろして、降ろしてください……ぼ、僕、自分で、あ、歩けます」

「だーめ。さっき、倒れそうになってたじゃない。……私のユズにこんな事をさせるなんて、本来なら万死に値するわ。まぁ、今回は仕方ないけど」

「う~……」


 エルさんにお姫様抱っこをされながら、腕の中で顔を覆います。

 あ、サイカさん、スズシロさん。大丈夫ですよ? 虐められてるわけじゃないですから。

 ただ、その、ちょっと恥ずかしいんです。


「ねぇ、あんた達、人前でそんな事して……いい加減にしなさいっ! エル・アルトリア。あんたは仮にも私と同じ『剣星』なのよ? 少しはその自覚を」

「……ちびっ子。それと、そこの竜」

「な、何よ!」

「グルル?」

「何で、あんた達まで付いて来てるわけ? そこの! とっとと、こいつ等を連れて帰んなさいよ」

「そう言われてもだな……俺もそうしたいのだが……」

「あぁ?」「グルルッ!」

「……残念ながら、姉上とスズシロ様が『否』と言われては、俺がどうこう言えないのだ」


 ラルさんが困った顔をされて返答されました。

 そうなんです。スズシロさんは、サイカさんと一緒にさっきからずっと僕のお腹の上で丸くなってますし、ヨルさんもエルさんの隣を歩かれてます。

 グリームニル家と言えば、アルトリア家に並ぶ名家。首府に屋敷も持たれている筈なんですが。


「エルさん、やっぱり降ろして下さい」

「……少しだけよ?」


 はぁ……ようやく、自力で歩けます。

 サイカさん、スズシロさん、ごめんなさい。飛ばれて――あ、頭に乗るんですね。ふらふらしますよ? え? それがいいんですか? はぁ。

 僕の頭の上で、器用に丸くなられた二頭の竜さん達を気にしつつ、ヨルさんに話しかけます。


「お待たせしました。えっと……何か、僕と話したい事があるんですよね?」

「なっ!? べべべ、別にない、わよっ」

「あらそう。なら、とっとと帰りなさいよ。あんた達の屋敷は逆方向でしょう?」

「う、五月蠅いっ! ……ちょっと、こっちに用事が、そう用事があるだけよっ!」

「へぇ~。そうなのね。私はてっきり」

「……な、何よ?」

「私のユズに、あんたが懸想したのかと思ったのだけれど」 

「にゃ、にゃにを言って――こ、こんな軟弱な男なんかに、こ、この、わわ私が、興味を持つ筈ないでしょっ!!!」 

「はは……軟弱、ですか……」

「あ……ご、ごめん。べ、別に弱くたっていいじゃない。あんたにはあんたの役割があるんだから。それに――あんたの敵は、私が全部潰してあげるわよっ!」

「はーい、そこまでっ! ……ちびっ子」 

 

 エルさんが僕とヨルさんの間に割り込まれます。

 その目は剣呑です。


「……あのね、ユズは『私』のユズなのよ? 天地が逆転しようが、海が干からびようが、星が落ちようが、その事実は絶対なの。分かったんなら、とっととお家へ帰りなさい。ほら、しっ、しっ」

「……嫌」

「はぁ!?」

「い・やっ!」

「あ、あんたねぇ……」

「――仕方ないでしょっ! だって、だって……この私を、こんな髪の色をしているせいで、小さい頃から『忌み子』と呼ばれたこんな私を……『可愛い』って、髪も『綺麗』だって、言ってくれたのっ!! その責任――取ってもらわないと困るわ!!!」 

「…………ユズ?」


 あぅあぅ、エルさんのジト目が痛いです。

 ……でも、とっても不思議です。

 小首を傾げながら素直に告げます。


「えっと、ヨルさんは可愛いと思います。それに髪も綺麗です。なのに、どうして『忌み子』何て呼ばれるんですか?」

「ユズ! もうっ!! ……はぁ、後でお説教だから。古い言い伝えよ。『白髪の『剣星』、それ即ち災いを齎す者なり』って言うね」

「ああ、なるほど。でも、もう大丈夫ですね」

「……どうして、そんな事が言えるのよ? 私達、耳長族の伝承はバカにならない。あんたが幾らそう思ってくれたって」

「んーと、何となくですっ! でも、ヨルさんが悪い方じゃないのは分かります」


 にっこり、と微笑みかけます。

 これでも人を見る目にちょっとだけ自信があるんです!

 大丈夫ですよ~、という想いを込めてヨルさんの目をじっーと見ていると……目を逸らされてしまいました。どうした――あぅ。


「……エルさん、痛いです」

「ふんっ! ……ユズの浮気者。私という者がありながら、他の女に手を出すなんてっ! もう、知らないっ」

「――なら、私が貰うわ」

「!」


 おでこを軽く叩かれ、涙目になっていると、突然ヨルさんに手を引かれました。

 距離が縮まります。あ、もう大丈夫ですね、良かったぁ。嬉しくなって笑顔になります。

 すると、見る見る内に真っ赤になりました。視線を逸らし、エルさんに話しかけられます。

 

「ねぇ……この子、何時もこうなの?」

「……そうよ。言っとくけど、私はあんたを認めた訳じゃないからね、ちびっ子。取りあえず、手を離しなさい」

「ええ、望むところよ。こいつは私が――ヨル・グリームニルが貰うわっ! 覚悟してなさいっ! それと、い・やっ!」

「えっと、えっと……」


 エルさんとヨルさん、御二人から引っ張られます。

 ラルさん、助け「少年、モテる男は代償を払うべきだと思うのだが?」……酷いです……。

 ――結局、今晩はヨルさんとラルさん、そしてスズシロさんもアルトリア家に泊まる事になりました。あぅあぅ、エルさんそんな目で見ないでください。

 でも、ちょっとだけ楽しそうですね。

 僕には分かります。だって、エルさん、ヨルさんのこと、決して嫌いじゃないですから!

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