第5話 賢人委員会

 元老院での会議は、思ったよりも早く終わりました。

 ……と言うより、話が平行線でまとまりそうになかったので議長さんが打ち切ったんです。珍しいです。


『帝国が魔王との戦争に悪戦してくれるのであれば、それはそれで結構! 今まで通り、我が共和国の『盾』として利用すれば良い。第一、かの国を信じる事など出来ようか? 否! 断じて、否!! 故に、奴等からの援軍要請等、のらりくらり、と躱していればよいのだっ』

『確かに、その考えには一理がある。私も1年前ならば賛同していた。だが、状況は常に変化していく。議員の意見は、帝国があくまでも『盾』として機能する事を前提としているのではないか? 私が集めた情報から推察すると……帝国は最早、その機能を喪失し始めている傾向がある。否! 魔王軍の『矛』が、明確にその防御力を上回りつつあるのだっ!! で、あるならば……全面参戦は出来なくとも、限定的派兵による情報収集は、共和国にとって有益だと信ずる』

『馬鹿なっ!? 派遣した兵達が捨て駒にされるのが目に見えているではないかっ! 奴等は、異人達を拉致同然に連れて来ては、戦場へと放り込んでいる鬼畜達! 我が同胞をそのような死地に送り込む事など出来ぬっ! レオン、貴殿がそんな事を言うとは……』

『故に、規模は限定的なものに留める、と言っている。あくまでも、情報取集が目的だ。我がアルトリア家の分析では……問題は、帝国ではない。魔王軍だ。どうやら、何かが――そう、何かが激変しているのだっ。それを確かめる為には、誰かしらを実際に送り込むしかあるまい』


 レオンさんの発言に、議場はざわつきました。

 どうやら、僕以外にも同じ感触を持っていた議員さん達も多かったみたいです。

 

 ――結果、激論が交わされる寸前、議長が解散を命じられました。


 多分、何時まで経っても結論が出ない事が分かっていたからだと思います。

 僕が見て、野次とかを聞いていた限り、傍観派の方がやや多め。

 それに対する派兵派も一枚岩ではなく、限定派兵を推すレオンさんやカトレアさん達。そして、この際、帝国を潰す事も考慮に入れるべき、とする大規模派兵を提案する議員さんもいるみたいです。

 帝国東部戦線が崩壊の危機にある可能性が高い以上、決定は早くしないといけません。けれど、余りにも情報が少なすぎます。

 ……それは分かるんですけど、どうして、僕はここにいるんでしょう?


「――どうなのかね? 忌憚のない意見を聞かせてほしい」

「君の話は、そこの二人から嫌になる位聞かされておってな。何れは、アルトリア家を担ってもらう……否、既に担っているともな」

「は、はぁ……え、えっと……」

「ユズ、大丈夫よ。こいつ等が阿呆な事を言った瞬間、私が斬るから」

「そうね――私の方が早く潰すけど」

「はぁ!?」

「何よっ!」

「エルさん、駄目ですっ! ヨル様も」

「……様付けなんかいらないわよ。ヨルでいいわ。と言うか、様なんか付けたら怒るから」

「は、はぁ……えっと、御二人ともありがとうございます。でも、大丈夫ですから、ね? だから、そんな風に喧嘩しないでください」


 今、僕の目の前には大きな円卓があります。部屋もとても広くて、天井も高いです。サイカさんでも、余裕で翼を広げられるでしょう。

 そこに座られているのは、12人の賢人達――そう、共和国の最高首脳部の皆様です。そこに、レオンさんとカトレアさん。議会場でレオンさんと議論されていた竜人さんもいます。

 そして、大きな椅子に座っている僕の右隣にはエルさんが。左隣にはヨルさんが何かあったら何時でも対応出来るように、仁王立ちされています。

 元老院が閉会となった後、エルさんとヨルさん、そして僕はこの場に呼び出されてしまったんです。御二人は分かるんですけど……。

 竜人さんが口を開かれました。


「で、どうなんだ? 坊主。わざわざ、レオンと馬鹿な芝居までして見せたんだ。それ相応の物は見せてくれるんだろうな?」

「ご期待に沿えるかは分からないですけど……確認してもいいですか?」

「何かね?」


 ちらり、とエルさんを見ます。

 すると満面の笑みで頷いてくれました。

 ――なら、僕が見えている事を話しますね。


「アルトリア家からの情報以外にも、皆様は何か掴まれているかと思います。おそらくは――グリーエルに来た使者以外の話。もっと上の……そうですね、もしかしたら皇帝からの親書に近い物が届いているのでは?」

「……坊主、貴様、それを何処で……レオン?」

「幾ら何でも国家機密を話したりはしないよ。ユズ君、どうして分かったんだい?」

「第一に、元老院が唐突に終わった事です。僕は、この1年で議会記録も読ませてもらいました。難題が提示された時、共和国の元老院はとことん話し合われる筈。あんな簡単には終わらないと思います。第二に、エルさんとヨルさんです。『剣星』様達は如何に、賢人委員会であっても命令を下せない、ある意味、超然とした存在だと僕は理解しています。それなのに……今、この場には二人もいます。変です。しかも、それぞれ帝国と直接乃至間接的に対峙している都市の人が、です」

「あ、あんた……」

「ほぉ……やるな少年。只者ではない、と思っていたが……」


 ヨルさんと、弟さん? が驚かれています。

 ……そんなに凄くないですよ?

 エルさん、そんなにドヤ顔しなくてもいいと思います!


「くくくっ……おいおい、レオンよぉ。隠し玉過ぎるだろうが? おい、坊主」

「は、はい」

「名は何て言うんだ? それと――俺の娘と夫婦にならねぇか?」

「へっ?」

「お前なら、あいつも気に入るだろう。どうだ?」

「え、えーっと……っ!」


 部屋の温度が一気に下がります。

 恐る恐る、右隣を見ると――あぅあぅ。

 エルさんが、今にも『聖剣』を抜き放とうとしています。しかも、サイカさんまで召喚する気ですか!?

 立ち上がろうとすると……左隣からも特大の殺気を感じました。

 え? ど、どうして、ヨルさんまで?? 


「……私のユズに手を出そうなんて、どうやら死にたいみたいね?」

「……あんたのじゃないけど、気に食わない。取りあえず潰すっ!」


 御二人共、だ、駄目ですっ!

 あ、サイカさん。大丈夫です。大丈夫ですからっ。虐められてないです。

 と……貴女は? スズシロさんですか。こんにちは、初めまして。柚子森柚樹って言います。

 わ~雪みたいに真っ白です。綺麗です。あ、大丈夫です。何もされていません。ありがとうございます。

 だから――エルさんとヨルさんを一緒に止めてくださいっ!

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