第6話 歴史

「……少年、君は思ったよりもずっと凄いのだな……」

「へっ? いきなり何ですか? あはは、サイカさん、スズシロさん、くすぐったいですよぉ。舐めないでください」

「「……ちっ」」


 手に乗れる位まで小さくなった、サイカさんとスズシロさんが、僕の両肩に乗って顔を舐めてきます。嬉しいんですけど……とにかく、くすぐったいです。

 そんな僕を見て、弟さん――ラルさんと言うんだそうです――が呆れたような口調で呟かれました。凄い?  

 エルさん、ヨルさん、そんな目をしてサイカさん達を睨んじゃ駄目ですっ!  


「くくく……レオンよぉ」

「やらんぞ」

「そうです。ユズさんはうちの子ですから」

「固い事言うなって。『剣星』二人に加えて、その騎竜にも好かれる異人の子――ありえねぇ。だが、面白いっ! 面白いぜぇぇ。おい、ユズと言ったな」

「は、はいっ」

「――てめえの読みは当たり、だとしてだ……そっから先はどうする? 言ってみなっ!」


 竜人さんはもとより、偉い人達の視線が僕に向けられます。

 えーっと……つまり、親書に近い物がきていることまでは確定。

 だけど、その内容は国家機密扱いで、僕にはあかせない内容=帝国側からすれば、今までの方針の大転換に近い事。

 そして、僕が知っている帝国のあの『空気』からすると――


「交渉するだけ無駄だと思います。内容は分かりませんが、まず現実味がないでしょうね」

「……ほぉ」


 他の賢人様達もざわつかれます。

 レオンさんとカトレアさんは満面の笑み。

 サイカさんとスズシロさんが、肩から僕の頭に登られようとしています。狭いですよ??


「ユズ坊主。その根拠はなんだ?」

「ユ、ユズ坊主……え、えーっと……ここからは推測になりますけど……」

「構わねぇよ。ほら、さっさと言えっ!」

「は、はひっ。まず第一に――グリーエルへ来た使者さんの要求は『援兵』でした。しかも、帝国から共和国に対しては何も渡さないという条件の。僕は向こうでも、こっちに来てからも、史書を随分読ませてもらいましたが……共和国も、帝国も、字義通りお互いを『仇敵』『最大仮想敵』と認識しています。つまり、この時点で無条件での援兵なんて、そもそもがまず実現しない話です」

「そうだな。良し、続けろ」

「第二に、ここで皆様が話し合われている時点で、親書の内容は、おそらく帝国側の譲歩あり――そうですね、何かしらの領土割譲を含む内容だったのでしょう。ですが……それはあり得ません。たとえ、皇帝さんご自身が望まれていたとしても、です。少なくとも現段階では」

「ユズ君、その理由はなにかな?」

「……帝国はその歴史上、対人相手に領土の拡大はしたことがあっても、縮小したことはないからです。まして、共和国相手に寸土の土地であっても戦わずして渡すなんてことは……軍強硬派のみならず穏健派も、そして大貴族達、国家運営している方々は、その組織と権力構造からして選択出来ません。自分達の存在意義を否定するのと同義だからです。予算がなくなっちゃいます」


 部屋の中がざわつきます。

 ……そ、そんな変な事を言ったでしょうか?

 頭の上には、サイカさんとスズシロさんが仲良く座られています。う~ちょっと重たいんですけど。

 賢人様の御一人が、口を開かれました。鬼族の女性の方です。


「貴方の推測が仮に正しいとして、では、どうしてこのタイミングでその親書かもしれない物が――ああ、面倒ね。もういいでしょう? この子の力、共和国の為に使ってもらうべきだと考えるわ。機密情報開示を要求」

「待ちなさい」

「聞くか聞かないかは、ユズ本人に選ばせるべきよ。……この子はあくまでも異人。私達の世界の理からは外れているのだから。で……ど、どうなのよ?」


 エルさんとヨルさんが、発言を遮られました。

 ですが、その表情には不安しかありません。どうしたんでしょうか?


「あ、はい。お願いします」

「「軽っ!」」

「? だって、聞かないと分からないですよ?」

「だ、だけど……ユズ、分かってるの? これを聞いたらもう、帝国には……」

「――エルさん」


 泣きそうな顔をされているエルさんの頬っぺたを片手で触って、微笑みかけます。

 大丈夫ですよ~、という気持ちをいっぱいいっぱい込めて。


「僕はもう帝国へ戻るつもりはないです。だって――僕のいる所は、エルさんの隣ですし、グリーエルの皆さんのところですし、アルトリア家ですから」

「ユズっ! も、もうっ……し、仕方ないわねぇ……えへ、えへへ、えへへ~♪」

「……『剣星』として提案するわ。この子の力、アルトリア家に独占させるだけでは惜しい。共和国全体の利益を考えれば、賢人委員会直轄並びに『剣星』付きとすべきじゃないかしら?」

「なっ……!!!?」


 ヨルさんの提案を聞いた方々のざわつきが更に大きくなられました。

 サイカさん、スズシロさん、大丈夫ですよ~。皆さん、驚かれてるだけですからね~。僕を虐めようとしている訳じゃないんですよ~。

 ……えっと、エルさん?


「ふふ……ふふふ……ちびっ子……私からユズを奪おうとするなんて……どうやら、本当に死にたいみたいね……? いいわ……殺してあげるっ!!!」

「……私はあくまでもユズの力を最大限発揮させる為に提案しただけよ? ね? あんたもそう思うわよね?」

「え? は、はぁ……え、えっと、別にそんな風に縛られなくても、僕に出来る事なら何でも――」

「お! 流石ぁ、ユズ坊主! 本人がそう言ってんだ。御大層な役職やらに任命する必要はねぇだろうが? 力は貸してくれるんだろ?」

「勿論です」

「だ、そうだ――嬢ちゃんら、ユズ坊主を手元に置いておきたいのは分かるが、多少は退く事も覚えろや。じゃねぇと……今日の会で、認識されちまったからな。引く手数多だぞ?」

「「っ!」」


 竜人さんが場を収めてくれました。ありがとうございます。

 鬼族の賢人さんに先を促します。



「こほん。では、情報開示に異存はないわね? ユズ君、と呼ばせてもらうわ。親書の内容は、貴方のほぼ予想通りよ。『共和国からの早期大規模援兵を求む。その条件として、帝国南西部一帯の領土割譲を約す』――直筆でサインがしってあったわ。帝国皇帝のね」 

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