第3話 遭遇
『はぁ……またなの? いい? 何度でも言うけれど、柚子は人混みに行っては駄目なの。確実に迷子になるから。そして、それを探すのが大変だから。迷ったら私へ即連絡。そして、動き回らず、じっとしてること。分かった? 分かったら返事して』
ち、違うよ。ま、迷子になんてなってないよ。こ、これは色々見て回ってるだけ。すぐにエルさんと合流するから大丈夫なんだよ。
僕だって、今年で16歳になるんだから、何時までも子供じゃないんだから。
頭の中で、呆れ顔の幼馴染に反論したところで、周囲を見渡します。
グリーエルの市場とよく似ていますが――規模は圧倒的です。
僕が今いるのは、首府中央市場。お店が所狭しと軒を連ねています。
売られている物も様々で、見たこともない魚や獣。あれは、骨? とにかく凄いんです!
あと、とにかく人、人、人です。色んな人達がいて、見ているだけで飽きません。
それにしても、エルさんは何処に行ったんでしょうか?
レオンさんとカトレアさんに話をし終えた後、急遽元老院へ行かれて、僕はエルさんから首府見物に誘われ、ここまでやって来たんですが……いつの間にか、はぐれてしまいました。
もしかして迷子でしょうか?
まったく! エルさんはああ見えて抜けてるところがあるので大変です。早く見つけてあげない――うわぁ! とっても大きな水槽があります。
凄い! 凄い!
こんな大きなお魚を生かしたまま運んで来るなんて。これも、僕達より先に来た異人さん達の考えなんでしょうか?
「ねぇ、そこの子」
何処から来たんでしょうか? 青魚のように見えるので、きっと海産だとは思います。あ、こっちには海老っぽい生き物が――
「ねぇ!」
「?」
振り向くと、そこに立っていたのは綺麗な白髪を短くしていて、肌もまた雪のように白い女の子でした。耳が尖っているので、耳長族でしょうか?
背は僕よりほんの少しだけ高く、目は自信満々に輝いていて、とっても可愛らしいです。
……えっと、でも知らない子だと思うんですけど?
小首を傾げて、女の子を見つめます。
すると呆けたような表情をした後、咳払いをしました。そして何故か慌てたように口を開きます。
「……あ、あんた、異人よね?」
「はい。そうですけど」
「へぇ~異人ってうちの国でも、中々見かけないって聞いたけど。ふ、ふ~ん。何よ、普通じゃない! 私より、チビだし! うちの五月蠅い愚弟が散々『あいつ等の凄さは、技術じゃない。思想だ』とか訳の分からない事を言ってたけど」
「えっと、凄い人は分かりやすい形で凄いと思います。あと、弟さんが言われてる事も本当だと思います。例えば、この水槽です」
「はぁ? これが何よ?」
「多分ですけど――この水槽をここに設置する、という事を僕よりも先に来た異人の誰かが提案したんだと思います」
「どうしてそう思うわけ?」
「だって、面倒ですから」
「はぁ?」
「面倒だと思います。わざわざ生きた魚の為に、こんな大きな水槽を置くなんて。魚を売るだけなら必要ありません」
「ま、まぁそうね」
「けど」
片手で綺麗な前髪を弄っている女の子に微笑みかけます。
……視線をそらされてしまいました。
前髪をあんな風に弄ると癖がついちゃう気がします。
「こっちの方が鮮度は保たれます。そして、今までこの世界に来た異人さん達の多くは、魚を――しかも、生魚を食べたかったんですよ。だから、面倒でも生きた魚を首府で売買する仕組みを考え、共和国の偉い人達を説得したんだと思います。貴女達、耳長族も魚は食べられますけど、生食する文化は持たれてなかった、と本で読みましたし」
「へぇ~。あんた達って、変なのね」
「そうかもしれないです」
「で――あんたは、どうしてこんな所にいるのよ? 幾ら何でも、一人で此処に来たわけじゃないんでしょ? 異人の、しかも子供が」
「む。ぼ、僕はもう今年で16歳です! そこまで子供じゃありません!」
「子供じゃない」
「子供じゃありませんっ」
「子供よ」
「う~! そ、そんな事言ったら、貴女もそうじゃないですか! 幾ら、首府の治安が良いからって、貴女みたいな可愛い女の子が一人で歩き回るなんて……駄目ですっ! 何かあったらどうするんですか!」
「ふぇ」
女の子の頬がみるみる内に赤く染まっていきます。
……何か失礼な事を言ったでしょうか?
あ、また前髪を弄っています。そっと手を伸ばすと、びくっ、と身体を震わせました。
ゆっくりと髪を手で直します。
「えっと、そうやって髪を弄ると癖がついちゃいますよ? 折角、綺麗な髪なのに……」
「き、綺麗? わ、私の髪が??」
「はい♪ 雪みたいです」
「私の髪が綺麗……ずっと気味悪いと言われてきた……私の髪を……『忌み子』と呼ばれた私の……」
ぶつぶつ、と下を見て何かを呟かれています。どうしたんでしょう?
その時でした、男性の声が聞こえました。
人混みをかき分けやって来たのは、見た瞬間、カッコいいとしか形容出来ない耳長族の男性でした。僕もこれ位の背があればいいんですけど……。
「姉上、こんな所にいたのか。だからあれ程、人混みに入るな、と――おや? これはこれは。何やら面白い事になっているな。まぁいい。姉上、そろそろ時間が本格的にまずい。少年、姉上を足止めしてくれたようだな、感謝する。本来なら礼をしたいところだが……申し訳ない、時間がないのだ。名は何と言うのだ?」
「お礼なんて。柚子森柚樹です」
「そうか。その名、しかと覚えた。次の機会に会う事あらば、必ず礼をしよう」
「は、はぁ」
「……可愛い。私が可愛い。しかも、髪が綺麗……」
「……これは思ったよりも重症かもしれんな」
そう言いつつ、男性は女の子の手を掴み人混みに消えていきました。
何だったんでしょうか?
きょとん、としている僕の耳に上空から声が降ってきました。
「あ~! ユズ、見っけたわっ!!」
視線を向けた瞬間、空中から急降下してきたエルさんが抱き着いてきました。あぅあぅ。
何時もより強く、ぎゅっ、と抱きしめられます。
「もうっ! 心配したんだからねっ! だから、手を繋ぎましょう、って言ったのに!」
「ご、ごめんなさい。で、でも僕、迷子になったわけじゃ――」
「迷子ですー。誰がどう見ても迷子ですー。今度から、ユズが人混みに行く時は、強制的に手を繋ぐからね!」
うぅ……違うのに……。だけど、心配をさせてしまったのは事実です。
今度からは、手を繋ごうと思います。
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