第2話 想定状況

「帝国ではなく、魔王軍にかね?」

「はい」

「ユズさん、詳しく説明してもらってもいいかしら?」

「えっーと、ですね……」


 自分の鞄からノートを取り出します。これも共和国にしかない物です。帝国ではとても、ここまでの白紙を量産出来ません。

 簡単に、帝国と魔王領の地図を書いていきます。東部の占領地域に斜線を引き、大きな山脈と河川。そして、主要都市を記しました。


「僕達が、1年前、強制的に転移させられた当時の帝国は東方の一部領土を失い、追いつめられつつありました。魔王軍は、こんな感じで――東方を三方向から同時に攻勢をかけ、帝国軍はその対応に追われていたんです」

「うむ。その事は知っている。ここまで、詳しいものではないがね」

「魔王軍の戦略方針は理解出来ます。彼等が勝っているのは、何より数だからです。それを最大限活かし……」


 三つの矢印をノートに書きます。

 その矢印が目指す先は一つ――帝都グロリアス。


「帝都への直撃を狙うある意味、手堅い策です。その対応に当たった帝国軍も少しずつ疲弊し、国土を削り取られていましたし……けれど、それは決定的なものではなかったんです。帝国と魔王との戦争はもう10年近く続いていると聞いています。それは逆に劣勢になりつつも、凌いでいたということではないでしょうか。しかも、それを覆す為に――僕達は1年前に召喚されました」

「なるほど。帝国軍の戦力としては強化された筈だと」

「ユズさん、貴方を見ていると、異人さん達はとても優秀だと思うのだけれど……」 

「はい! とっっても、優秀です。僕は、多分、一番駄目駄目だった――あぅ」

「ユーズ、そうやって嘘を言わないの」

「う、嘘じゃないですよ! 僕がクラスの中でも、弱い方だったのは事実ですし……」


 実際、僕は他のクラスメート達よりもステータスが低かったんです。

 幼馴染達みたいな、凄いスキルも持ってもいません。

 僕が持っている唯一のスキルは『××支援効果:微小~』だけ。

 調べてくれた神官さんが言うには、『××』の部分は判別不能なんだそうです。けれど、おそらく、仲間だろうと仰っていました。

 これは近くにいる仲間のステータスを、ほんの少しだけ向上させる、というスキルなんですが、幼馴染達の中には『仲間支援効果:大』を持っている子もいました。

 ステータスで劣り、肝心のスキルでも……こんな事を考えるのは、嫌な気持ちになりますが、多分、僕がいなくても、何の問題もなかった――あぅあぅ。


「エルさん、痛いです」

「ユズがまた、変な事を考えてるからよ。お父様、お母様、心配しないで。ユズが間違いなく最優秀よ。勿論、戦闘は駄目駄目だし、私が守ってあげないといけないけど」

「エ、エルさん、僕だって少しは強くなってるんですっ。そろそろ、剣を持たせてください!」

「駄目です。私より強くなったら持ってもいいわ」

「うぅ……そ、そんなの……魔王を倒すより難しいと思うんですけど……」

「い・い・の! ユズが剣を振るう必要なんて、何処にもないんだからっ。そういうのは、私がぜ~んぶやってあげる」

「こほん――ユズ君、エル、話を戻していいかね?」


 レオンさんが苦笑されながら、口を挟まれました。

 そ、そうでした! お話の途中でした!


「ユズさん、つまり貴方は――戦力強化された筈の帝国軍が、共和国へその1年後に窮乏を訴えるのはおかしい、そう言いたいのよね?」

「そ、そうです。合ってます。しかも、えーっと……」

「ユズ、大丈夫よ。お父様もお母様も、貴方に不利な事なんか絶対にしないわ」

「は、はいっ。……僕が、エルさんと出会う切っ掛けになった軍事訓練は、グリーエルに近い国境付近で行われました。つまりその時点で帝国は、魔王軍ではなく、共和国を見ていた、ということです」

「で、間抜けにも魔王軍に奇襲されたのよね? 国土の奥深くで、奇襲を受けるって、何度聞いても笑うしかないんだけど。本当に気付いていなかったのかしら?」

「その兆候はなかったと思います。直前で僕が気付けたのは、単に何もすることがなくて、周囲を見ていたからです」


 そう、あの時、何も兆候なんてなかったんです。

 周囲にいる決して強くない魔物を対象としての訓練。言葉は悪いですけど、ピクニックに近いものだったと思います。

 

 ――あの魔物が出現するまでは。


「いきなり、ベヒーモスが出現した時は驚きました。周囲にいた帝国軍の隊長さん達の反応から見ても、知らなかったんだと思います。あれは完璧に奇襲でした。その後の戦闘で僕を囮にして、峡谷へ落とせなかったら……酷い事になっていたと思います。今は分かりませんけど、あの時点では倒せる相手ではありませんでしたし」

「ふむ……カトレア、どう思う?」

「とても興味深いわ。それはそうと――ユズさん、こちらへ」

「は、はい」


 椅子から立ち上がり、カトレアさんの近くに行きます。

 すると、ぎゅーっと抱きしめられました。


「え、ええ?」

「ああっ!? お、お母様!」

「――本当にこの子は。いいですか、ユズさん。我が家にいる限り、貴方は荒事をする必要はありません。二度と囮になっては駄目です」

「で、でも」

「いいですか?」

「はい……」

「良い子です。エルさん、荒事は」

「……分かってます、私が全て。さ、さぁ! 早く、ユズから離れてくださいっ! もうっ!」


 エルさんが、無理矢理カトレアさんから僕を引き離しました。

 それを見て、くすくす、と笑う御二人。

 

「ユズ君、大変興味深い話だった。これからも娘をよろしく頼むよ」

「ユズさん、アルトリア家は貴方の味方です。エルをよろしくお願いします」

「は、はいっ!」

「……お父様、お母様。どうして、ユズに頼むんですか? ご説明を」


 エ、エルさん! ご両親を睨みつけちゃ駄目ですっ。

 御二人は心配されてるんですから、素直に受け取ってください!

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