第1話 首府
共和国首府ランディアはとっても大きな都市です。
人口は約300万人で大陸最大と聞いています。
当然のように、飛空港や中央駅、道路網や下水道といった社会インフラも完備していて、都市の中も清潔そのもの。緑も多くて気持ちが良く、建物も綺麗に整頓されています。未だそれらを実現出来ていない帝国の帝都とは雲泥の差です。
正直、物資のリサイクルシステムや、食物の過剰供給が抑制されている点や、都市計画の見事さは僕等の世界よりも進んでいるかもしれません。いえ……むしろ、僕等の世界の問題点を踏まえた上で進めているように見えます。おそらく、僕達のような異人の中で、頭が良くて行動力のあった人が、何かしら関わっているんだと思います。
そして――この都市には共和国の中枢である、元老院の人達と、国内最優秀の12人で構成される賢人委員会の人達がいます。
エルさんのお母さんとお父さんもその元老院議員です。御二人は、もう数十年もすれば夫婦揃って賢人委員会入りするだろう、と噂されています。
そして僕にとってはエルさんと同じく命を救っていただいだ大恩人です。
なので、あの、その……これは仕方ないんです! そんなに睨まないでください、エルさん!
今、僕達は首府にあるアルトリア家の屋敷、その客間にいます。目の前には、お茶と美味しそうなお菓子が置かれていますが……うぅ、食べ辛いです……。あ、でもこのババロアは絶品でした。
隣に座られているエルさんによく似た、綺麗な女性が僕に話しかけてこられました。
「どうしたの、ユズさん。お口に合わなかったかしら?」
「はははっ! どうやら、今回は私の勝ちのようだね、カトレア? 約束通り、今日は私と一緒に行動してもらう! ユズ君、この前見たいと言っていた新型飛空艇なんだがね、丁度、今、首府に停泊しているそうだ。話が終わったら、男同士で見に行こうじゃないか」
「くっ……そ、そんな……この私が愛情注いだ蜂蜜ケーキが……貴方の作った、訳の分からないお菓子に負けるなんて……認めない。私は断じて認めることなど出来ないっ!」
「訳の分からないとは何だい? これは、れっきとした、異界のお菓子。ババロアと言うんだ。まったく往生際が悪い奥さんだ。でも、君のそういう所を、私は愛しているよ」
「同情するならユズさんを譲ってちょうだい。それと――私も愛してるわ、レオン」
「……えーっと」
「ユズ、慣れないと身がもたないわよ? ああ、それと……何か勘違いされているようですけど、この子は首府にいる間も私とずっと一緒です、あしからず」
「「!?」」
見つめ合っていた御二人が、血相を変えてエルさんを見られます。あ、ババロアも美味しかったですけど、この蜂蜜ケーキも美味しいです。
うぅ……甲乙つけるのは難しいです。
「エルさん。貴女は何時も独占しているでしょう? こういう機会なのだから、母親孝行だと思ってユズさんは私へ」
「そうだよ、エル。中々会えない父親に、少しでも愛情を感じているのなら、私へ」
「却下します。第一、普通は娘である私を取り合うものでしょう? それが、何です。御二人で『ユズさん、ユズ君』と……そんなに、この子が可愛いのですか!」
「「可愛い! 地上に舞い降りた天使!!」」
「あは、あはは……えっと、ありがとうございます」
「……確かにユズは天使ですけれど。これでは話が前に進みません! はぁ、仕方ないですねぇ。お母様、お父様、これを」
エルさんが溜め息を吐かれながら立ち上がり、何かを取り出されて机に上に置かれました。小さな金属札――はっ!
咄嗟に手を伸ばして回収しようとしましたが、エルさんに後ろから抱き着かれて動けません。あぅあぅ……。
「エルさん……」
「エル……」
「映像札です。この数ヶ月、私が撮りためた物が入っています。今回はそれで手を打ってください」
「「委細承知!」」
「エ、エルさん! カトレアさんとレオンさんも!! ぼ、僕のそんなの見ても楽しくないですよぉ……」
「ユズさん、そんな事はないわ。この映像だけで私はまた頑張れるもの。出来れば、ここで一緒に暮らしてほしいけれど。エルさんは戻っていいけれど」
「それはいい! どうかね、ユズ君。ニーナから色々を聞いている。頑張ってくれているようだね、ありがとう。けれど、ここにいれば更に君は成長出来ると思うが。エルは戻って構わないが」
「……お母様、お父様……」
「エ、エルさん! えっとその……ごめんなさいっ! とってもとっても嬉しいんですけど、今は僕、エルさんの傍にいたいので……」
「あら」
「ほぉ」
「!!」
カトレアさんが口に手をやり、レオンさんは大袈裟に驚きのポーズ。
そして、僕の後ろにいるエルさんは――顔を真っ赤にして硬直していました。
えっと……変な事を言ったでしょうか?
「良かったわね、エルさん」
「今までで一番の大手柄だね、エル!」
「…………ユズ」
「は、はい」
「……今からすぐ教会に行きましょう。それで、すぐに新婚旅行ね。子供は何人欲しい?」
「え、え、ええ!?」
困惑して御二人を見ます。
……楽しそうに笑われています。確信犯です!
「エルさん、まぁ少しずつ、ね?」
「……分かっています。大丈夫です。何れそうなりますから」
「楽しみにしているわ。さ、それじゃ――少し真面目な話をしましょうか。レオン」
「ああ、そうだね。ユズ君、帝国から来た使者の話は聞いているよ。そこでだ、君の意見を聞かせてほしい。我がアルトリア家、ひいては共和国は、どうすべきだと思う? なに、ここには私達しかいない。どんな内容でもあっても構わないよ」
「はい」
「……ユズ」
大丈夫です、エルさん。
フォルクハルトさんの話を聞いてから、ずっと、ずっと考えていたんです。
だから――これが今の僕の結論です。
御二人の目をはっきり見て、それを告げます。
「必要なのは情報です。僕が知る限り、帝国上層部は共和国程、優れた組織体制になっていません。ですが、それでもこんなに早く追い込まれる程の窮乏ではありませんでした。何かが起こっています。帝国ではなく……魔王軍に」
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