第2章
プロローグ
レヴァーユ共和国は、数多ある大陸諸国家の中でも特異な軍を持つことで知られている。
――すなわち『空軍』である。
未だ、各国が『陸軍』『海軍』という二軍制をとっている中、共和国では飛空艇の実用化に目途がついた約20年前の時点で『空軍』という三つ目の軍を持ったのだ。
これは当時、飛空艇開発の陣頭指揮を執った異人が強く主張した為であるらしいが、詳細は今日に至るまで軍機とされている。
それ以来、共和国空軍は少しずつその規模を拡大。様々な紛争や小競り合いで実績を積み重ね――今や、200隻以上に達した飛空艇艦隊は共和国の繁栄を象徴する一つとなっている。
その中でも、最新鋭高速飛空巡洋艦『ゾディアック』級は人類が建造した飛空艇の中で最高速艦かつ、最高度到達艦として名高い。なお、飛空艇の艦名に関しては、飛空艇を開発した異人が遺したノートに書かれている膨大な命名候補から採用される事が慣例化している。
……が、この艦をもってしても対抗不可能な相手は依然として存在している。
その日、共和国首府付近を航行していた、ゾディアック級3番艦『カストル』に乗り込んでいた将兵達はその事をまざまざと見せつけられることになった……。
※※※
探知員の緊張した声が『カストル』艦橋に響いたのは、そろそろ首府の飛空港との交信を、と艦長が思っていた時の事だった。
「本艦後方より、超高速未確認飛行物体1。急速に接近しつつあります! このままで、後数分で接触します!!」
「はぁ!? おいおい、今、俺達がいるのが何処だか分かってんのか? 高度6000だぞ? しかも、超高速って……誤認だろ」
「間違いありません! 少なくとも本艦よりも数倍の速度――あ、詳細高度情報きました。見張り員の目視によれば……高度8000以上、で、す……」
「高度8000!? やっぱり誤認だろ。長時間の訓練だったから無理もない。艦長、気にする事はないかと」
「うむ……」
人族の副長からの進言を受け、考え込んでいた艦長――豚人族の男性だ――は、自ら、伝声管に歩み寄ると見張り員に尋ねた。
『こちら、艦橋。艦長だ。その物体は目視しているか?』
『こちら、見張り台。はっ! 目視しております』
『……色は分かるか? それと、背に誰かいないか?』
『色ですか? 背にも何かがいる事は分かりますが、辛うじて見えるだけでして……周囲の空と一体化していて、はっきりとは……』
『――そうか。ありがとう』
艦橋内にいる全員の視線が彼に集中している。
彼はゆっくりと首を振ると、重々しく告げた。
「接近しつつある物体は味方だ。各砲座には間違っても撃たせるな」
「味方、ですか?」
「そうだ。いいか、間違っても撃つな。撃てば……瞬時に沈められるぞ?」
「!?」
『カストル』は共和国空軍が今まで培ってきた飛空艇建造、その集大成とも謳われる飛空巡洋艦だ。
翼竜を超える高速と大火力。そして分厚い魔法障壁を併せ持ち、主要部には自動治癒機能すら備わっている、正に飛空艇乗りにとって夢の艦。
しかし、艦長はその艦があっさりと『沈められる』と言った。表情には諦念の色が濃い。
この豚人――ダグイル上佐が、空軍創設当初から飛空艇乗り一筋で、歴戦の猛者である事を知らぬ者はいない。その彼がこんな表情をするなんて……。
直後、探知員がいきなり叫んだ。
「目標、更に加速――う、嘘、これって……」
「どうした! はっきり報告せよ!!」
「目標、急速降下中! 明らかに本艦を指向していますっ! このままでは数十秒で激突します!!」
「艦長!」
「先程、言った通りだ。いいか、絶対に撃つな」
「ですが……!」
「目標、更に近付く」
「通信参謀、館内放送を。内容は、『手空き乗員、窓を注視せよ』」
「はっ? ――はっ! 了解しました」
慌てた様子で、通信参謀が放送を流す。
それを三度繰り返した所で――探知員がカウントダウンを開始した。
「目標、本艦まで、後15、14、13、12――」
「艦長! 戦闘配置を!!」
「……副長、私はね、これでも幾多の戦場で駆けてきた」
「はっ、それは存じ上げておりますが、今は」
「何処の戦場も恐ろしかった。帰還する度に安堵したものだよ。が――怯懦故に逃げようと思った事はない」
「…………」
「だがね――うちの軍が、数年に一度行う大演習で遭遇した彼女達とは、絶対にやり合いたくない。彼女達は余りにも美しく……そして恐ろしいのだ」
「――いったい、何を?」
「目標! 本艦右舷に接近!!!」
探知員が絶叫。
皆、艦橋から外を咄嗟に眺め――それを見た。
そこにいたのは、美しい――余りにも美しい蒼色の竜だった。分厚い魔力障壁によって、細部はぼやけて見えない。
竜は『カストル』に到達すると、速度を落とし並んで飛び始めた。
艦橋内の人間は唖然。彼等とて、『竜』という地上最強種が存在していることは知っていた。共和国軍であっても、太刀打ちが困難な事も。
だが……その存在を現実に見た者などまずいない。
彼等が見るのは、竜の名を冠してはいるが、全くの別種であることが分かっている翼竜と蛇のような海竜だけ。
探知員が魔力値を計測し……声を震わす。
「ま、魔力反応、計測、不能です……本艦の火砲では障壁すら貫けないと思います……」
「か、艦長!」
「通信参謀――発光信号を、『旅路の安全を祈る』」
「はっ? え? つ、通じるんですか!?」
「通じるともさ――背に乗っている御方には、な。本艦の練度をお試しになられたんだろう」
通信参謀が、兵に指示し発光信号が煌めく。
すると、竜が急加速。『カストル』を一瞬で追い抜き――前方で大きく一回宙返りをし、去っていった。
艦橋内に、ほっ、とした空気が流れる中、副長がダグイルに尋ねる。
「試す……艦長、その御方とは?」
「――あれが竜、そして『剣星』だ」
「あれが……!」
副長が絶句し、艦橋内の乗組員達も息を飲んでいる。
数々の伝説がある事は知っていた。その悉くが事実であることも。
だがしかし……実際に目にすると……。
未だ衝撃が冷めやらぬ中、ダグイルは呟いた。
「……あの色、『風竜』か。帝国との国境を預かる『剣星』が騎竜を召喚しておそらく首府へ……どうやら、事態が一気に動くのか?」
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