エピローグ
翌日の早朝、アルトリア家の訓練場で僕は綺麗な綺麗な蒼色の風竜さんと挨拶を交わしていました。
「サイカさん!」
「グルル!」
「えへへ。今日もとっても綺麗ですっ! 素敵ですっ!」
「グルル♪」
「わっ、くすぐったいですよ。でも、またお会い出来て、ほんとにほんとに嬉しいです!」
「……ユズ、何か私よりもサイカに対しての方が嬉しそうに見える。サイカ! いい? ユズは私のなのよ?」
「エル御嬢様、自分が召喚した騎竜に妬くのはみっともないかと」
「えっと、えっと……僕はエルさんも、ニーナさんも大好きですよ?」
「ユズ! もう、この子ったらっ!」
「ユズ様。もう一度、お願いいたします。録音しますので」
共和国では、帝国が軍用でしか運用していない飛空艇による空路網が張り巡らされています。グリーエルもその例外ではなく、ちゃんとした飛空港が整備されています。僕達も高速飛空艇で共和国のほぼ中央に位置する首府へ向かうつもりでいました。ここからだと、約半日位でしょうか。僕達の世界の距離換算だと、約5000キロ弱といったところです。
けれど、エルさんのお父さんとお母さんからは、あの後『一刻も早く』との追加電文が来ました。その為――早朝から、エルさんが契約している風竜のサイカさんを召喚。旅路を急ぐ事になりました。
サイカさんは、竜の中でも最速を誇る風竜さんです。飛空艇より高く、更に速く飛べる凄い竜さんなんです! とっても綺麗かつ素敵な竜さんで、僕は毎回会う度に嬉しくなってしまいます。
エルさんが、サイカさんの背に――飛び乗る前に僕をお姫様抱っこしました。
「エ、エルさん! 大丈夫です。僕一人で、乗れます!」
「だーめ。それじゃ、ニーナ。後の事はよろしくね? ……例の使者達の動きがきな臭かったらすぐに報せて」
「承知いたしました。ユズ様、早くお戻りください。ニーナは寂しくて死んでしまいます」
「は、はい! 出来る限り早く戻ります。ニーナさん、他の方々にもそうお伝え願いますか?」
「必ず」
「よし、じゃ、行くわよ!」
エルさんが飛び上がります。同時に、サイカさんの背中に僕達が座る鞍が出現しました。何時みても不思議です。エルさんに聞いたら『簡単よ、こんなの。ちょっとした時空魔法だもの』って言ってました。
時空魔法って、僕、帝国にいる時は本でしか読んだ事なかったんですけど……やっぱり、エルさんは凄い人です!
エルさんが、右側に。僕が左側に座ると、サイカさんが綺麗な羽を広げられました。そして、静かに浮かび上がります。
周囲には、幾重もの風結界と、温度調整魔法が展開されています。これがないと、とっても高く、そして速く飛ぶ風竜さんに乗っていられません。寒くて凍死してしまいますし、加速Gに耐えられないんです。
首府には何度か行った事があります。けれど、その時はエルさんの買い物に付いていっただけ。今回みたいに、呼び出された事はありません。
……ちょっとだけ不安です
僕はいいんです。強制送還になったとしても、覚悟は出来ています。
でも、エルさんやニーナさん、グリーエルにいる人達に罪が及ぶような事になったら……あぅ。おでこを指で小突かれました。
横から、温かいお茶が入ったカップを渡されます。高度はどんどん上昇。周囲に見えるのは、蒼空の世界です。
「はい、ユズ。飲みなさい」
「……エルさん、痛いです。ありがとうございます」
「また、どうせ私達の事を考えていたんでしょう? ユズの悪い癖よ。いい? 貴方の問題は私の問題なの! 私が困っていたら、ユズは助けてくれるでしょう?」
「勿論ですっ!」
「分かればよろしいー。さ、首府まで、御邪魔虫達もいないしイチャイチャ」
サイカさんが身体を震わせます。
えとえと……忘れてないですよ?
「……いい度胸ね……貴女まで私の敵なわけ……いいわ。ユズは私のだってことをその身に刻んであげる!」
「エ、エルさん! こ、こんな所で、聖剣を呼び出しちゃ駄目ですぅ!」
「ユズ! はーなーしーてー!!」
……僕は無事に首府へ辿り着けるんでしょうか?
結局、その後も延々とエルさんとサイカさんをなだめながらの旅路になりました。でも、これが今の僕の日常です。この日々が守れるなら……僕は、頑張れると思います!
※※※
グリーエルを発った、フォルクハルトとホルツマンは帝国領へと入った。二人の間に会話は皆無だ。フォルクハルトはホルツマンの行動を苦々しく思っていたし、ホルツマンは貴族ではないにも関わらず、自分よりも階級が上であるフォルクハルトを決して快く思っていなかったからだ。
しかも、交渉自体も何ら成果をあげないままでの帰国である。重苦しくなるのは当然だった。
二人の眼前には、半世紀程前、両国の雪解けが最高潮だった時期、共和国によって建設され、両国との間にまたがるデーヴァ峡谷にかかっていた人類史上最大の鋼製吊り橋の残骸が無残な姿のまま放置され、遥か下には激流が見える。
1年前、この地で行われた帝国の共和国に対する示威行動――ある程度の練度に達していた異人部隊と、近衛の一部を動かして行われたそれは、魔王軍による奇襲により、完全なる失敗に終わった。
異人達には死者こそ出なかったものの、負傷者多数と1人の行方不明者を出し、近衛部隊も半壊。上層部は、この責任を押し付けあい――最後には、行方不明になった異人に全てを押し付けた。
『脱走しようとしていたその異人は、命をもってその名誉を回復した』。
……反吐が出る。
実際は彼の真に英雄的行動があったからこそ、あの程度の被害で済んだというのに。何時から、我が祖国はこのような――隣で馬を進めていたホルツマンが、突然、急加速させた。何だ?
次の瞬間、矢の雨がフォルクハルトを襲う! 咄嗟に剣を抜き、薙ぎ払いつつ、馬から飛び降りる。
周囲の林から、完全武装の兵達が現れ、彼を崖に追い込むように布陣する。
その先頭には、馬に乗っている男の姿。
「……どういう事だ? ホルツマン!」
「黙れっ! お前は裏切り者だっ! 売国奴めっ!! これだから、貴族出身ではない輩は駄目なのだ。俺が気絶しているとでも思ったのか? くくく……あの異人の情報があれば帝国は、共和国を攻める口実になる。その時、お前にいらん事を喋られては困るのだ。安心しろ、名誉はくれてやる。『共和国側の汚い待ち伏せにあい、壮烈な戦死』とな」
「馬鹿かっ!? お前は何も見なかったのか? あの国には勝てん。たとえ、魔王がいなくてもだっ!」
「遺言はそれだけか? 弓隊、構え!」
……ここまでか。
否!
1年前、ユズと名乗ったあの異人の子は、ベヒーモスごと橋を落とさせ、しかも生還した。ならば――無数の矢に貫かれ、身体中に激痛を感じながらフォルクハルトは自分の身を空中に投げ出していた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます