第12話 夕食

「――と、言うことがあったのよ。もう、ユズが可愛くて、カッコよくて! ああ、いいモノを見たわぁ」

「エル御嬢様、その話、三度目でございます」

「何よ、ニーナ。ユズの話が聞きたくないわけ?」

「いえ、何度聞いても良いものは良いのですが……ユズ様が」


 あーうー……僕は何も聞いていません。何も聞こえません。

 野菜のポタージュにパンを浸して食べます。今日も美味しいです!

 ――あの後、色々情報交換して、やっぱり伝言だけだと怒ると思ったので、短い手紙を書いた僕とエルさんが都督官邸を後にしたのは、夕方近くになっていて、屋敷へ帰ってきたらもう夕食の準備が出来ていました。

 フォルクハルトさん達は、明日の朝にはグリーエルを発って、帝国へと戻るそうです。……大丈夫でしょうか? 僕が知っている帝国の人達は、良い人もいましたけど、悪い人もいっぱいいました。変な事にならなければいいんですけど。

 勿論、いきなり『魔王軍に苦戦しているから、援軍を寄越せ』なんて言っても、共和国の元老院がそれを承認する筈もありません。他のやり方が必要です。

 ……でも、それを帝国の偉い人達が理解してくれるのかどうかは、僕には分かりません。理解してくれないと、あむ。


「ユズ、美味しい?」

「……おいひいです」

「そ。夕食の時に、難しい事を考えちゃダメよ。美味しい物も美味しくなくなるから」

「……はい。ごめんなさい」

「謝る必要なんてないわよ。はい、あーん」

「ひ、一人で食べられます! い、何時の間に隣の席に来た――あむ」

「ユズ様、お味は?」

「……美味しいです」

「あー!? ……ニーナ、どういうつもり!」

「どうもこうもございません。お嬢様は、今日一日、ユズ様を連れまわしたのですから、私に譲ってくださるのが、主としての度量かと愚考いたします」

「残念だったわねっ! 私の器はとっっても小さいのよっ! ユズに関してだけはねっ!! しっしっ、あっちへ行きなさい!」


 あぅあぅ……エルさん、大人げないです……。

 でも……御二人がこうして、楽しそうに笑って、じゃれあっている光景、僕はとってもとっても大好きです。

 帰り際にフォルクハルトさんから耳打ちされた言葉を思い出します。


『――ユズ君。一緒に帝国へ戻るかね?』


 ……少しだけ、心が揺らぎました。

 多分、僕は戻ったらあまり良い目には合わないと思います。

 でもでも……僕は本当に駄目駄目ですけど……それでも、幼馴染達やクラスメートが今も、戦場に出て戦っているのに、僕がこんなに幸せでいいのかな? って考えないわけじゃないんです。

 戻って少しでも、みんなの助けになるのなら……と。

 だけど、きっと僕が知っている帝国なら――僕を、幼馴染達に対する人質として使うでしょう。あかり達は僕よりもずっと頭がいいので、帝国の駄目な所をこの1年で痛い程、感じている筈です。

 ……つまり、今頃はどうやって帝国から脱出するかを、真剣に考え始めていると思うんです。そんな時に僕が戻ったらどうでしょうか?

 僕は結局、首を横に振りました。

 今、僕が出来る事は早く強くなって――あぅ。


「……ユズ、また難しい顔をして。大丈夫よ! ユズの悩みは私が全~部、何とかしてあげるから。ニーナ」

「奥様と旦那様には連絡済みです。即返信がございました。『詳細を直接聴きたい。娘とユズ君を首府へ』とのことです」

「へっ?」


 思わす変な声が出てしまいました。

 えっと、それって……つまり……元老院へ話を持っていく、ということですか!?

 慌ててエルさんとニーナさんに話しかけます。


「エルさん、ニーナさん……その、あの……こ、今回の件は、僕個人の問題の側面が強くて……アルトリア家、しかも、共和国全体の問題にするのは……」

「ユズ――バカな子ね。貴方の問題は私の問題なのよ? どうせ、色々思い詰めていたんでしょ? ……まぁ他の女の心配するのは減点だけど。でも、さっきの馬鹿騎士が言ってたことは、そのまま受け取れないけど、看過も出来ないわ。アルトリア家にとっても、グリーエルにとっても、共和国にとってもね」

「ユズ様。お分かりかとは思いますが……帝国が我が国へ援軍を要請の探りを入れてきた時点で、相当追い詰められている証拠でございます。私達が思っている以上に戦局が悪化しているならば、帝国国境に接しているグリーエルを実質預かっている我がアルトリア家としては、問題を大きくせざるをえません。その過程で、ユズ様の幼馴染様達が助かるかもしれませんが」

「……エルさん、ニーナさん」

「なーに?」

「何でございましょう?」

「ありがとうございます。この恩は必ずお返し――わぷ」

「バカね。さっきもいったでしょ? ユズの問題は私の問題なのよ。恩なんて……そんな言葉を使わないで。むしろ、もっと頼ってちょうだい。これでも、私ってば、強いし、偉いし、大陸一可愛い『剣星』なんだからっ!」

「……強引な、が抜けております。ユズ様が苦しがっておいでです。ささ、私の腕の中へ」

「ニーナ! ユズは私のなのっ!」


 エルさんが更に強く抱きしめてくれます。

 ……こうして見ると、本当に綺麗で優しい人です。

 1年前、出会った時、僕をベヒーモスごと、斬ろうとした怖い人には見えません。 あの時の事は、すぐに気絶しちゃったし、意識が朦朧としててあんまり覚えていないんですけど……気付いた時には、ベッドの中で抱きしめられてましたし……。

 何時かちゃんと聞いてみたいと思います。どうして、僕を斬らなかったのか。



「ね? ユズは私のユズよねっ? ちゃんと目を見ながら、今すぐ言って! あと――キス付きだと満点よ?」

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