第10話 使者

 官邸内をヌークさんに案内されながら進んでいきます。

 調度品らしい調度品はほとんどありません。少し寂しくなる位に、質素です。本で読んで知ってはいましたけど、ここまでとは思いませんでした。

 これは共和国で、政治家や官僚になった際、真っ先に言われる事が影響しているらしいです。


『自分が何にこれからなろうとし、そして今、何になったのかを強く強く自覚せよ。その達成に必要ならば相応の物を差し出そう。だが、覚えておくべし。我が共和国は、常に有能な怠け者を求めている。無能な働き者は……永久に御帰り願う』


 最初、読んだ時は分かりませんでした。有能な働き者さんの方がいいんじゃないでしょうか?

 疑問に思ってエルさんとニーナさんに質問したら、笑いながらこう答えてくれました。


『分からない事をすぐ聞けるユズは賢い子ね。考えてみて? 頭のいい働き者ばかりじゃ、付いていけない人が絶対にでるでしょう? ニーナを見てみなさいよ。何時も、どうにかして怠けようとしてるじゃない』

『エル御嬢様……いらぬ、妄言をユズ様へ吹き込まれるは止めてください。訴え――ユズ様、御嬢様が私を虐めるのです。御慰めください』

『ニーナ!』


 ……分かったような、分からないような……。

 けれど、この1年、色々な事を耳にしましたけど、共和国の政治家さんや、官僚さん達が不正を働いた、というお話だけは一つも聞いた事がありません。むしろ、殆どが良い話ばかりです。

 エルさんとニーナさんに、たくさん教えてもらったんですが、どうやら、共和国では政治家さんや官僚さんが不正を犯すと、それはそれは怖い刑に処されるらしいです。何十年か前に、共和国で一番偉い役職である統領さんが何がしかの不正をした際は、御本人だけじゃなくて、御家族及び関係者全員が一切に処罰されたそうなので……徹底しています。凄いです。

 廊下を進んでいく内に、声が聞こえてきました。どうやら、奥の部屋で男の人が怒鳴っているようです。

 ちょっとだけ……そういうのは苦手なので身体がきゅっとなります。帝国にいた時のことを思い出してしまって……。

 エルさんが扉の前で立ち止まり、隣の僕を見て、手を握ってくれます。


「ユズ、大丈夫よ。私がいるわ。何があっても、何が相手だろうと、私が貴方を守るから」

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

「『剣星』様。それと、ユズ殿、よろしいですかな?」

「いいわよ」

「は、はい」


 ヌークさんが、扉を静かに叩くと中から「入ってくれ」という女性の声がしました。


「失礼します」


 ヌークさんが扉を開けて、部屋の中へ。僕達も続いて入ります。

 中にいたのは三人です。

 一人は、眼鏡をかけている短い茶髪の女性――エルさん程、耳が長くありません。ハーフの方です。この人が、都督様なんだと思います。

 もう二人は、顔を紅潮させている大柄な人族の男性と、その隣でお茶を飲んでいるやはり人族の男性です。

 あ……この人は、この前、市場で見かけたような……。


「都督、『剣星』様と、そのお客人であるユズ殿をお連れしました」

「これは『剣星』様。急な申し出を受けていただき感謝します」

「別に気にしなくていいわよ。だけど――ユズに挨拶無しはどういう事かしら?」

「エ、エルさん! ぼ、僕は大丈夫ですよ」

「ようやく来たなっ! 女と脱走異人がっ!」


 大柄の男性がエルさんと僕に指を突き付けてきます。

 それを聞いた、都督さんとヌークさんの顔が引きつり、蒼白になります。まさか、いきなりこんな暴言を吐くとは想像していなかったのでしょう。

 エルさんの目が細くなります。あぅあぅ。


「貴様ら……あの後、俺がどれ程、迷惑を被ったと思っているのだ! 我は帝国正騎士にして、栄えある使者の一人、イーヴォ・ホルツマン! 公式な謝罪及び賠償と――その脱走異人の身柄引き渡しを要求する!」

「…………ねぇ、あーえーっと……貴女、名前はなんて言ったかしら?」

「ベルタ・バルリングと申します」

「そ。なら、ベルタ――貴女、気は確かなのかしら? うちの国で『剣星』の称号がどういう意味を持っているか、まさか……知らないわけじゃないわよね?」

「……はい」


 殺気がどんどん濃度を増していきます。都督とヌークさんは今にも倒れそうです。

 それに呼応して風精霊さん達も集まってきています。あ、暴れちゃ、だ、駄目ですよ!

 エルさんが、ホルツマンさんを無視して、奥で座っているもう一人の男性に話しかけます。


「とっとと帰りなさい。今なら、寛大な私は殺さないでおいてあげるわ」

「なっ!!? き、き、貴様っ!!!」

「――イーヴォ、黙れ」

「で、ですが、使者殿!」

「黙れ、と言ったのだが?」

「…………っ!」

「副使者が失礼した。私の名は、フォルクハルト。どうやら、認識にズレがあるようだ」

「認識にズレ、ねぇ? 言っておくけれど、そこの馬鹿は処刑されていてもおかしくないのよ? 何しろ、うちの国内で、人種差別発言をして、かつそれを理由に剣を抜いたのだもの。ユズがいなかったら、私が斬ったわ」

「どういう事だろうか? 私は、財布をすられそうになったので取り押さえようとしたら、邪魔をされた、としか聞いていないのだが」

「で……事実も確認しないまま、私とユズを呼びつけた、と? 何? 帝国はそんな無能を使者に立てる程、窮しているわけ?」

「手厳しい……が、事実だ。我が国は窮している。ホルツマン殿の御父上の伝手を頼って、共和国に援軍を請わねばならぬ程に」


 どうやら、戦局は悪化しているようです。

 けれど……それなら尚更、『剣星』の意味を理解していないのは致命的です。

 共和国には、今8人の『剣星』様がいます。そして、その人達に命令出来る人はいません。統領様でも要請だけです。


『『剣星』はただ、精霊と自身に導かれるまま剣を振るうべし』


 共和国建国に多大なる功があった英雄さんが、唯一望んだことがこの事だったそうで、今でもこれは絶対とされています。残り4人の『剣星』様がいる国――全部、共和国の同盟国です――にも、この規則は適用されているので、ある意味で、エルさん達は大陸の中で一番偉い人と言えるかもしれません。

 ……けれど、帝国にはここ200年程、『剣星』は出現していません。だから、分からなかったのでしょうか? いえ、そんな事はないと思います。分かっていたら、余計に穏便に済まそうとする筈です。まして、援軍を欲している側なのに……。

 僕は意を決して口を開きました。



「えっと……本音で話された方が良いと思います。最初から、援軍ではなく、エルさん――いえ、僕が目的ですね?」 

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