第8話 報せ

「それで、今日は何の御用だったのかしら? あ、もしかして私の顔を見に来てくれたの? もう♪ ユズ君は本当に可愛いわねぇ」

「そんな筈ないでしょ? あんたは綺麗だけど……」

「あらあら、もう~♪ エルも可愛いわよ? ね? ユズ君?」

「はい! ウィラスさんもエルさんもとっても、綺麗だと、わぷ」


 エルさんが無言で抱き着いてきました。そして、僕の頭を抱えてゆっくりと撫でまわします。あぅあぅ。


「ユズ、そういう言葉は二人きりの時に言ってほしいわ。そうね、出来れば寝室で……」

「駄目よ、ユズ君。襲われちゃうから」

「ウィラス! 余計な事を言わないでっ!」

「だって、そうでしょう?」

「う……そ、それよりも、本題に入りましょう。薄々、分かっているんでしょう?」

「うふふ。エルもユズ君も可愛いわねぇ。ええ、分かってるわ。首府に誰をやるかの話よね」


 御二人の表情が、真剣なそれに変わりました。

 僕も少し緊張します。


「今年、グリーエルの学校と、あんたから推薦があったのは合計で七名。アルトリア家当主代行として、全員の首府行きを承認し、学生である間の資金援助を約束します」

「……エル、本気なの? 推薦者全員なんて、今まで前例にない事よ?」

「本気よ。言っとくけど情にほだされた訳じゃないわ。成績や推薦内容も確認した。ニーナも納得してる。それに――何より、ユズがそう強く言ったから」

「ユズ君が……。誤解しないでちょうだい。嬉しいわ。本当に嬉しいの。けれど、これは流石に……それに、御当主様が何と仰るか……」

「えっと、ウィラスさん。これは僕の考えでしかないんですけど」


 エルさんに抱きしめられながら、視線を上にやります。ウィラスさんとエルさんの身長は一緒位なので、どうしても見上げる形になってしまいます。

 目を合わせて微笑みながら話を続けます。


「才能がある人でも、一か所に留まり続けちゃうと成長の速度に差が出るんじゃないでしょうか? グリーエルの学校は、僕も見学させてもらいましたけど素晴らしいです。けど……色々な人に会えて広い世界を見れば、みんなもっともっと凄くなると思うんです! ……僕はまだ駄目駄目ですけど、でもでも、エルさんやニーナさん、屋敷の皆さんやウィラスさん、孤児院の子達と出会えた事で、この1年で少しは成長出来たと思います。エルさんのお父さんとお母さんには、僕からも御手紙を書きます。怒られちゃうと思いますけど」

「ユズ君、貴方って子は……!」

「駄目よ、ウィラス。ユズは私の。いいでしょ? この子、本当に」

「……同感だわ。ユズ君、ありがとう――エル・アルトリア様」

「はい」

「援助、大変有難く。感謝いたします」

「出世払いよ。成長した時、返してくれればいいわ」


 エルさんがぶっきらぼうに答えます。

 でも、僕には分かります。これは照れ隠しです。だってだって、エルさんはとっても優しい人ですから!


「……ユズ?」

「えっと、何だか嬉しくって。やっぱりエルさんはとっても優しい人だなって」

「なっ!?」

「あらあら♪」 

「エルさん? どうしたんです、わぷ」

「……今は見ちゃダメ」


 また、抱きしめられました。

 くすくす、とウィラスの笑い声が聞こえます。


「あ、あとは、本人達の意思ね。それは、そっちに任せていいわよね」

「ええ。みんな、喜ぶと――クーはどうかしらね」

「……ウィラス、分かってるわよね?」

「……エル、今回の件は心から感謝してるわ。けど流石に大人げないんじゃないかしら」

「馬鹿ね、真面目な話よ。生意気だけどあの子には才能があるわ。けど、今のままじゃユズの傍で何かするのは無理。私もいるし、ニーナもいるから。少なくとも、私達の影を踏める位にはならないと……足手まといなのよ」

「へぇ~ふ~ん」

「な、何よ」

「んーん、何でもないわ♪ やっぱり、ユズ君は、貴女の事を良く分かってるなぁ、って思っただけよ」

「と、当然じゃない!」


 更に強く抱きしめられます。あぅあぅ。

 エルさん……ぼ、僕も男なんですけど……その、あの……。

 頭に血が上ってきます。


「ま、クーの事は任せておいて。説得してみるわ」

「機会を無駄にするなら、それまでよ。さ、お昼――」 

「誰かしらね?」

「ぷは……ど、どうしたんですか?」


 ようやく、エルさんの力が緩まり解放されました。

 御二人が怪訝そうな顔をされています。

 えっと……あ、誰か来たみたいです。クーさんじゃありません。男の人です。この感じ、子供達ではなく、大人。しかも、軍人さんです。

 院長室にノックの音が響き、ウィラスさんが答える前に入って来たのは、白く輝く鎧を着た若い騎士さんでした。


「あら、せっかちね」

「も、申し訳ありません。ウィラス様、こちらに……こ、これは『剣星』様。お探ししました」

「私に用?」

「はっ! 大変、申し訳ありませんが、今より、都督ととく官邸まで御同道願いませんでしょうか?」

「官邸へ?」


 レヴァーユ共和国は多民族国家です。

 差別は国是として否定されていますが、やはり地方によって主要民族が存在します。その為、地域を13の州と7つの独立都市に分けて構成しています。イメージとしては、僕達の世界のドイツに近い行政区分だと思います。

 そして、僕達がいるグリーエルは独立都市。都督というのは選挙で選ばれた一番偉い人です。ただ、そこは共和国。都督に立候補出来るのは、複数名の国家級有識者及び、他地方からの推薦もないと駄目なので、基本的には人格的、能力的にも優れた人しかなれません。

 確か、今は人と耳長族のハーフの人で、御両親のどちらかが帝国出身者だったと思います。その方がエルさんに何の用なんでしょうか? 


「内容は何かしら?」

「はっ! その……言い難いのですが、帝国からの秘密裡に来た使者の御一人が先日『剣星』様に辱められた、と。加えて、異人の脱走者を引き渡してもらいたい、との要求が……」

「……へぇ」


 エ、エルさん、だ、駄目です! そんなに殺気を出しちゃ!

 ウィラスさんも止めて――あぅあぅ、こっちも殺気を出されています。

 ああ……き、騎士さんがガタガタ震えて……。



「いいわ、行ってあげる。脱走者ですって? よく言うわねっ! 私のユズを貶めた罪、万死に値するわ!」

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