第5話 お出かけ準備

 直食後、自分の部屋に戻って出かける準備をします。孤児院の子達に早く報せてあげなきゃ!

 朝練の後に着た部屋着姿だと笑われちゃうので、外に着ていく服を選びます。どうせ、子供達が遊ぼう、遊ぼう、ってねだってくると思うので、汚れても大丈夫な服を選びます。

 少しだけ悩んで、作業用の服とズボンを選びました。

 姿見の前で一回転。うん、こんなものかと思います。

 僕自身の持ち物はそんなにないので、後は小さな鞄と帽子を被って……あ、それと忘れちゃ駄目な物があります。

 姿見の横に立てかけてある、僕の片手剣を手に取ります。


「……よし!」


 腰に下げて、準備完了です!

 さ、エルさんを呼びに行かない――あぅ。

 僕の頭に風弾が当たり、聞きなれた声が響きます。

 

「ユズ、その腰に下げている物はいらないでしょう? 置いていきなさい」

「エ、エルさん、い、何時の間に……。こ、これは、そ、その、幾らグリーエルの治安が良いって言っても、犯罪が零なわけじゃないですし。万が一の備えとして、ですね」

「必要ないわ」

「だ、だけど……」

「必要ないったら、必要ない。だって――」


 入り口に立っていたエルさんの姿が、消えた、と思った瞬間、僕は抱きしめられていました。

 そして、腰から片手剣を鞘ごと、取られます。


「エ、エルさん、返して、返してくださいっ!」

「だーめ。こんな物をユズが持つ必要はないの。何かあったら、私が全部斬ればいいんだし、何より……危ないじゃないっ! 手とかを切ったらどうするのっ! 訓練の時だって、本当は嫌なんだからねっ」

「だ、大丈夫ですよっ! う~返してください~」


 手を伸ばして片手剣を取ろうとします。

 けれど……エルさんの方が背が高いので、上の手に届きませんっ!

 う~っ! エ、エルさんっ! な、何が面白いんですかっ!? さっきから、ニヤニヤって笑って……ぼ、僕だって、怒るんですからねっ!

 僕とエルさんが、どたばた、していると、ニーナさんが顔を出されました。


「おや? ユズ様、まだ準備が――エル御嬢様」

「何よ」

「……狡いです。屋敷内で、ユズ様とお戯れになる時は、呼んでくださいとあれ程」

「あら? そうだったかしらぁ? エル、覚えてなーい」

「……ほぉ」

「ニーナ、何度だって言うけれど、ユズは私のなのよ? 私の、私だけのユズなの。そこは世界の絶対法則にして、永久不滅の大原則。たとえ、元老院がいちゃもんをつけてきたとしても、渡さないわっ! 全部、斬るっ!!」

「ユズ様をアルトリア家から奪おうとする相手は全部敵、という考えには賛同いたしますが……御嬢様、余り横暴が過ぎるのはいかがなものかと」

「え、えーっと……」


 御二人が、怖い話をしています。

 だ、駄目ですよ! 

 幾ら仮定の話でも、僕の為なんかに共和国の一番偉い人達である元老院を敵に回す、発言をしちゃっ!

 な、何ですかっ? そ、その子犬に向けるような目は!

 頭を強く撫でられます。


「ユーズ」

「あぅあぅ。エ、エルさん、止めて、止めてくださいっ」

「ああ、もう! 何でそんなに可愛いのっ? 大丈夫よ! 何があろうとも私とユズはずっと一緒だから! あ、ニーナ、この片手剣を隠しておいてくれる? ユズが持ち出そうとして困るのよね」

「かしこまりました。その代わり、これを付けていただこうかと」

「ああ、そうね。また、一段階上げたの?」

「はい。より良い物が手に入りましたので」


 僕の片手剣が、高い所でやり取りされてニーナさんに渡され――消えました。

 ニーナさんの時空魔法です。何時みても凄いって思います。思いますけど、僕の片手剣……エルさんの手から何とか抜け出るのが遅すぎました。はぁ。

 落ち込む僕に、かがんだニーナさんの綺麗なお顔がすぐ目の前に迫ります。

 あぅ……ちょっと照れます。


「む……」

「おや? ユズ様、私の顔を見てはくれないのですか? 私のことは遊びだった、と? 悲しいです。よよよ」

「ち、違います! ニーナさん、綺麗なので」

「もう一度」

「へっ?」

「もう一度仰ってください」

「ニーナさんは綺麗です。綺麗なので、その、照れるんです」

「ああ、ユズ様……」

「はい! そこまで。ニーナ、ネックレスはもう付け終えたわね? さ、とっとと仕事に戻りなさい。しっしっ!」

「……御嬢様。幾ら温厚な私でも、怒る時は怒るのですよ?」


 僕の首元に、純白の大きな宝石が特徴的なネックレスが輝いています。

 これは『守護のネックレス』と呼ばれていて、物理攻撃や、魔法を一定程度防ぐものです。中心の宝石が白ければ白い程、効果が大きくて、今、付けている物になると、竜の息吹でも防ぐかもしれません。

 これ、この前のよりも凄い物な気がするんですけど……。

 エルさんもニーナさんも、僕が外出する時は『付けないと駄目! 危ないでしょっ!』って言うんです。

 大丈夫なのに……それよりも、僕は片手剣を持っていきたいですっ!

 そ、それと喧嘩は駄目です!

  

「ニーナ、貴女とは長い付き合いだけれど……そろそろ、御嫁にいったらどうなの? 貴女なら、選り取り見取りでしょう? そうだ! お父様に言って、中央のエリートでも」

「いりません。必要ありません。迷惑でございます。エル御嬢様こそ、そろそろご結婚を考えていただかねければ……ああ、勿論、ユズ様とではありません。不幸にされてしまいますから」

「へぇ……それってどういうことかしら……」

「エ、エルさんっ! ほ、ほら、行きましょう! ニーナさん、ありがとうございました」

「ちっ……命拾いしたわね」

「ちっ……こっちの台詞でございます」

「も、もうっ! 仲良くしてくださいっ! そうしないと」

「「そうしないと?」」

「お、怒っちゃいますからねっ! ぷんぷん、って! ……ど、どうしたんですか、御二人共?」


 僕がそう言った瞬間、エルさんとニーナさんは、顔を伏せ、肩を震わせています。

 そして、がばっと、御二人に抱きしめられます。あぅぅ。


「嗚呼、もう! ユズはほんとっにもうっ!」

「ユズ様、お可愛いのは素晴らしいのですが……ニーナは外で害虫に引っかからないかとてもとても心配です。やはり、私も一緒に」

「駄目ですー。ニーナはお留守番ですー。私とユズの二人っきりで行くんですー」


 だ、だから、喧嘩は駄目ですってばっ!  

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