第4話 安い買い物

「ごちそうさまでした!」 

 

 朝食を食べ終えたらお皿やコップをトレイに載せて、台車の上に置きます

 アルトリア家は、共和国でも古い家柄で、代々共和国の議員(エルさんのお母さんとお父さんはどちらも議員さんです!)も務めている名門なんだそうです。

 しかも、それに加えてエルさんは当代の『剣星』様なので、とっってもお金持ちです。僕達がいる、共和国西部の中心都市グリーエルでは知らない人はまずいません。

 『資金を寝かすのは駄目よ? 持ってるなら社会に還元しなくちゃ♪』とエルさんのお母さんが言われたそうで、色々なところへ投資を積極的にしていて、数ヶ月よりもむしろ増えています。ニーナさんは凄いですっ! 

 勿論、最終判断(嫌そうな顔をしますけど、最後はきちんと判断してくれるんです)をして、サインをしたエルさんも凄いです。

 お屋敷もとっても広くて、立派です。僕とエルさんが食事をしていたこの部屋も……何処かの高級ホテルですか? と尋ねたくなる位に、綺麗だと思います。

 当然、雇っている人達も大勢いて、ニーナさんは執事さんですけど、メイドさんもたくさんいます。

 僕が置いたトレイを見て微笑んでくれたのは、そんな方の御一人です。僕よりも、少し年上に見えますけど……耳長族の人は、人族よりも長命なので分かりません。とにかく、皆さん、綺麗な人ばかりです。

 ただ、問題が一つだけあって……毎朝、僕の朝食を配膳してくれる方が違っていて、お名前を中々覚えられないことです。きちんとお礼を言いたいんですけど……。 


「ユズ様、そのままで構いませんのに。後は私がいたしますので」

「ありがとうございます――えっと、マテミスさん、ですよね? よろしくお願いします。料理長のイワンさんに、今日も凄く美味しかったです! と伝えてもらってもいいですか?」

「!? ユ、ユズ様、わ、私如きの名前を憶えて……?」

「合ってますか? ごめんなさい、一度しかお聞きしたことがなくて……何時も、お庭の花壇を綺麗にしてくださってますよね? 何時も何時も綺麗に花が咲いてて、凄いなって、思ってました!」

「ユ、ユズ様……」


 目の前でマテミスさんが涙ぐまれています。あ、あれ、僕、何か間違えたのでしょうか?

 おろおろしていると、隣の椅子に座って、裁決案件に目を通されていたエルさんが溜め息をつかれました。小さな眼鏡が似合ってます。


「……ユズ、そうやって見境なく、女の子の好感度を上げるの止めなさいって何時も言ってるでしょ?」

「こ、好感度って……ぼ、僕はそんなつもりじゃ。ただ」

「ただ?」

「……うちの両親から、『きちんとお礼を言える子になってね』って」

「それ自体はとても良い考えだけれど、ユズの場合はちょっと……。ニーナもそう思うでしょ?」

「ユズ様は、うちに仕えている者の名前を全員、覚えておいでなのですか?」

「ご、ごめんなさいっ! ま、まだ、全員は覚えきれてなくて……ようやく、メイドさんと、厨房の人達と、庭師の人達、護衛の人達、それから、それから――」

「ユズ様、もう大丈夫でございます。……エル御嬢様」

「……ニーナ、これは問題だわ。大問題よっ!」


 エルさんとニーナさんが重々しい声で、頷き合っています。

 や、やっぱり、屋敷内にいる人達、全員のお名前を覚えきれていなかったのが問題だったみたいです……そうですよね。1年もお世話になっているのに覚えきれないなんて……うぅ、やっぱり、僕は駄目駄目――


『柚子、その口癖直しなさいよ。言葉は言霊なんだから』


 幼馴染の言葉が聞こえました。

 そうです。確かに僕は駄目駄目かもしれません。

 だけど、改善は出来ます。一歩一歩でも進んでいけば、ちょっとは大丈夫になる筈です。きっと、駄目駄目から駄目になる位にはっ!

 そうと決まれば、エルさんとニーナさんに許可をもらわないとですっ!

 僕が意気込んで、口を開く前にお二人が先に話しかけてこられました。


「ユズ」「ユズ様」

「は、はいっ! ご、ごめんなさいっ! 一生懸命、皆さんのお名前を覚えたいので、一覧を――」

「いや、そうじゃなくてね。逆よ、何時の間にそこまで覚えたの?」

「ユズ様、アルトリア家に仕えている者は膨大です。末端まで含めれば……こちらに残留している者だけでも、1000名は軽く超えております。しかも、外向きな者は滅多に屋敷へ来る事もないというのに……それを、ほぼ覚えているとはっ! ここ数ヶ月、妙に各部署からユズ様への問い合わせがきていたのはそういう事情でしたか……いやはや、そろそろ、何処ぞの御嬢様ではなく、ユズ様へ忠誠を向けた方が良さそうですね」

「言うじゃない。だけど、ユズは私のよ?」

「えっと……その、だけど、エルさんもニーナさんも全員のお名前覚えてますよね?」


 そうなのです。僕はこの1年間、一緒にいたので分かります。

 エルさんもニーナさんも、必ず名前でその人のことを呼びます。しかも、間違っている場面は記憶にありません。


「御二人がそうしているなら、僕もそうしたいんですっ!」

「はぅ……なんて、健気なの! 可愛いにも程があるわっ!! 大丈夫よ、ユズ。今度から知らない人がいたら、私が全部教えてあげるわっ! そう、ぜ~んぶねっ。だから、そんなに一生懸命にならなくてもいいわ。エル・アルトリアと、『剣星』の名に誓うわ!!」

「あ、ありがとうございます」

「……こほんっ。エル御嬢様、少し近いのでは? ユズ様が嫌がっておいでです。さ、とっとと裁決をしてください。ユズ様はこちらへ」

「駄目よ! ニーナにユズは渡さないわっ! それに、裁決は全部終わったわよっ! あ、そうだ。ユズ、孤児院の子達の進学の件なんだけど」

「あ、は、はい……」


 本当はリストにあった全員を学校へ行かしてあげたいなぁ……。僕の持ってるお金だと、誰かを半期分しか……。

 エルさんに抱きしめられながら、ぎゅっと目をつむります。どうか、一人でも多くの子が行けますように!


「ユズは、全員に行ってほしいのよね? はい、可決。ニーナ、いいわよね?」

「問題はありません。資金的にも、いずれ還ってくるかと」

「ふぇ」


 思わず変な声が出ました。上目にエルさんとニーナさんを見ます。御二人は、笑顔でこくりと頷いてくれました。

 あ、ありがとうございますっ! 

 うわぁ、うわぁ。その場で飛び跳ねたくなる位嬉しいです。

 あ、エルさんのニーナさんにお礼を言わなきゃ――ど、どうしたんですか? お二人とも顔が真っ赤ですけど?


「……ニーナ」

「……エル御嬢様」

「「この笑顔の為ならば、安い買い物だった! 我等に悔いなし!!」」


 ……え、えっと、あは、あははー。で、でもありがとうございます。

 後で、孤児院の子達に報せてあげなきゃ!

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