第3話 朝食風景
「ユズ様、では、この投資案件は如何いたしましょう?」
「えっと……ここの商会は余り評判が良くなかった筈です。経営の内容も、不透明ですし止めた方が良いと思います。アルトリア家からすれば、まったく問題ない額ですけど……ここに投資するなら、孤児院の子供達の進学資金にした方が良いと思います」
「分かりました。では、同額を基金へ積み立てます。次に、首府の国立学校へ行ける子達のリストになります。御確認を」
目の前の空中に、リストが浮かびます。わぁ……いっぱいいるなぁ。みんな、頑張ったんだ。偉いです。嬉しいです。
この空中への情報投影技術、何でも僕より早く此方の世界に来た異人の人が開発したそうです。共和国は、新技術の導入にも積極的なので、今では紙に代わって各地で使われているそうです。凄い!
それにしても、無理矢理入れられた生徒会でやってた会計の知識―何事も加減を知らない幼馴染達が入れって。簿記の資格まで取りました―がこういう所で活かせるなんで思わなかったです。
首府にある国立学校は、人種問わず、国全体から最優秀な子供達だけを集め、将来の共和国を担う人材を育てるエリート学校――らしいです。僕も行ったことはないので、エルさんや他の方に教えてもらっただけなんですけどね。
指で、リストに触るとずらっと次頁からは一人一人の名前、性別、人種、性格、魔法属性、幼年学校の成績、他者と自己の推薦文……う~ん、いっぱいです。
出来れば、全員に行ってもらいたいんですけど……だけど、そうなると凄くお金がかかります。
僕は、アルトリア家の居候で、自由に使えるお金は少ししか持っていません(そうは言っても、僕一人なら十分過ぎます。使いきれません)。だから、この子達全員を支援出来ないのが悔しいです。
やっぱり、早く強くならない――あぅ。
頭に風弾が当たります。テーブルを挟んだ向かい側にはジト目姿のエルさんがいます。
「……エルさん、痛いです」
「ユズ、今は朝食中でしょ? 後になさい。ニーナ、毎朝毎朝言ってるわよね? 私とユズの楽しい時間を奪わないように、って」
「そうでございました。いや、これはニーナ、うっかり。それでユズ様、如何なさいますか?」
「えっとですね」
「……ニーナ。貴女はアルトリア家の執事。そういう事はユズにじゃなくて、お母様とお父様が、首府へ行かれているのだから、当主代行である私へ聞くべきじゃないかしら?」
「ほぉ。では、エル御嬢様が、全てを差配されると?」
「そ、そうよ」
「ほぉぉ。では、本日からそうなさいますか?」
「う……」
僕の隣に立っていた、アルトリア家女執事のニーナさんが意地悪そうな笑みを浮かべつつ、エルさんを追い詰めていきます。
お二人は、幼馴染で仲良しさんです。そうじゃなかったら、天下の『剣星』様に対してこんな言葉遣い出来ません。
ニーナさんが、両手をお手上げです、と言わんばかりにあげ、首を大きく振ります。綺麗な銀髪がそれに合わせて動くと、朝の光に反射して煌めきます。
「御嬢様」
「な、何よ」
「人は、分相応、というものがございます。荒事全般及び大陸の危機等は、御嬢様の御担当。他、アルトリア家の内向きの事は私とユズ様の領分。干渉は無用に願います」
「あの、僕は出来れば、少し荒事の方を……」
「「駄目です」」
「ええ……そ、それと、アルトリア家の財務状況が健全そのものなのはニーナさんが凄いからで、僕は全然……もっと、お役に立てればいいんですけど……」
「ユズ様」
「む……」
ニーナさんが、僕の両手を掴み、屈んで、視線を合わせてきます。
真剣な目です。
「ユズ様、自信をお持ちなってください。貴方様が来られたからこそ、全てが上手く回っているのです。それまでは……」
「それまでは?」
「……何処ぞの御嬢様が、野生の火竜を拾ってきたり、魔狼を拾ってきたり、九首蛇の子供を拾ってきたり、小旅行に行った筈なのに世界の危機を救ってきたり……それはそれはもう、色々と大変だったのです。何度、辞表を叩きつけてやろうと考えたことかっ!」
「あはは……ちょっとだけ分かる気がします」
「それがでございますよ、昨年、ユズ様を拾ってこられたからは、ぴたり、と止み、この1年間は平穏そのもの。正に……正に奇跡! しかも、何処ぞの御嬢様が私に放り投げていた、日々の雑事を、私達と一緒に、慣れないながらも一生懸命考えてくださる。ユズ様は私達のような首府へ行かず、御嬢様付きとして、この都市グリーエルに残った者達からすれば、地上に舞い降りた天使様です。しかも、とてもとてもお可愛らしい」
「えっと……ありがとうございます。少しはお役に立ててるのなら、嬉しいです」「ああ、ユズ様……」
「はい! 終わり!! ニーナ!!! ユズから離れなさいっ。しっ、しっ」
何時の間にか、こちら側に回り込んでいたエルさんが、僕とニーナさんに割って入り、仁王立ちしています。
あ、寝癖……。
「いい? ユズは私のなのっ!! 私だけのユズなのっ!!! それは、もう決まってることなのよっ!!!」
「いいえ。今や、ユズ様はアルトリア家にとってなくてはならぬ御方です。旦那様と奥様からも、私とユズ様の判断で、グリーエルにおける差配をして良し、との言をいただいております。なので、御嬢様だけの御方ではないのです」
「なっ!? い、何時の間に……」
「ふふふ……まったくもって、詰めが甘い甘い。昔からお変わりになりませんねぇ」
「ぎぎぎ……こ、このぉ……ふぇ、ユ、ユズ?」
「あ、動かないでください、エルさん」
よいしょ、よいしょ。良し、直りました!
唖然としているエルさんに微笑みかけます。
「えっと、寝癖がついてました」
「はぅ……」
「こ、これは……」
エルさんが、顔を真っ赤にして硬直。
ニーナさんも、膝がガクガクしています。
……えっと、どうしまし――あぅ。
エルさんに抱きしめられます。く、苦しいです。
「ユズ。そういう顔を見せるのは私だけにしなさい。特に、性格が悪い女執事に見せちゃ駄目。分かった?」
「御嬢様、それは横暴でございます」
「え、えーっと……」
毎朝、楽しい朝食の時間です!
……う、嘘じゃないですよ? ほ、本当ですっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます