第2話 自警団
エルさんにからかわれながら僕が訓練をしていると、がやがやと話す声が聞こえてきました。
あ、もうそんな時間なんですね。急いでどかない――わふ。
僕の頭にタオルがかかります。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さ、朝食にするわよ。その前に汗を流さないといけないわね、ユーズ♪」
「だ、大丈夫ですっ! け、結構ですっ! じ、自分で汗ぐらい拭けますからっ!!」
「あらあら~? 何をそんなに恥ずかしがってるのかしら~? お互い、裸を見せ合った仲なのに、お姉さん、傷ついちゃうな~」
「あ、あれは事故ですっ! 何回も言ってるじゃないですかっ!!」
「でも見たんでしょう?」
「う……そ、それは……その、あの」
「あ~あ。私、まだ嫁入り前なのにな~。男の人に裸を見られちゃうなんてな~。お嫁に行けないかも~。私をもらってくれる優しい異人な男の子はいないかな~?」
エルさんが楽しそうに僕へ尋ねてきます。
もうっ! 毎朝、僕をからかって!
真っ赤になってることを自覚しつつ、片手剣を鞘へ納めます。
その時、ぬっと、訓練場に巨大な影が差し込みました。
上から、野太い声が降ってきます。
「何だぁ、小っこい異人。今日もいたのかぁ」
「……おはようございます、ゾモさん」
「おはようぅさん。『剣星』様、おはようございますぅ。訓練場をお借りしますぅ」
「おはよう。仕事に支障が出ない程度にしておきなさい」
「はいぃ」
緑色の顔に満面の笑みを浮かべ、巨人族のゾモさんが答えます。
その身長はざっと見て3mは超えているでしょうか。手には、巨大な斧を持っています。
ゾモさんに続いて、自警団の人達が訓練場に入ってきます。
人種は本当に様々です。
人族、耳長族、熊人族、犬人族、蛇人族……他にも色々な種族の人がいます。男の人が多いですけど、女の人も参加しています。
アルトリア家の屋敷があるこの地域は、共和国内でも発展していると聞いていますが、それにしても凄い……社会の授業で『人種の坩堝』という言葉を習いましたけど、こういう事を指すんだなぁ、と毎回思います!
数十人が集まったところで、訓練場の脇に設けられている指揮台に人族の青年――アルトリア家に仕えている戦士の一人である、ガナシュさんが登りました。
「皆、おはよう! ああ、まだ朝早い。何時も通り返事はしなくていい。近所迷惑でしょ! と俺が御嬢に怒られちまう」
みなさんが笑われます。僕も、くすり、と笑――あぅ。
……エルさん、風弾を飛ばさないでください。
な、何ですか? ど、どうして、近づいてくるんですか? い、いやです。止めて、止めて、ください。汗を嗅ぎながら拭かないでっ!
「おし! 今日も訓練を始めよう。一応、我が共和国は国民皆兵が原則だからな。普段から、多少は身体を動かしておかんと。まぁ数十年に渡って対外戦争はしてねぇし、今後も侵略戦争なんて阿呆な事はしない――御嬢、そうですよね?」
「当然。だけど、万が一もあるでしょう?」
「と言う事だ。我らが『剣星』様の有難い言葉もいただいたことだし――何時も通りだ。始めてくれ!」
そう言って、ガナシュさんが指揮台から降り、こちらへやって来ます。
皆さんは、それぞれ自分の得物で訓練を始められています。
「おうっ! ユズっこ、今日も朝練か?」
「おはようございます、ガナシュさん。はい、少しお借りしてました」
「お前、ほんと粘り強いな。てか時間短いだろ? 別に混ざっても――」
「いいんですかっ!!」
「……へぇ」
わぁわぁ。やった! やったぁ!!
自警団の訓練教官をする人は交代制です。
今までも、何度か「参加したいですっ!」と訴えてみたんですけど、全部断られてしまいました。理由は「危ないから」。
確かに僕は弱いので、危ないかもしれないですけど……でも、でも、僕は強くなりたいんですっ!
お礼を言おうと向き直り――ど、どうしたんですか? そんなに蒼褪めた顔をされて。
「ガナシュさん?」
「お、おぅ……すまん、ユズっこ。さっきの話は無しだ。やっぱ、危ないからよ」
「え?」
「そ、そんな顔をすんなっ! すまんっ!! ……俺にも、守るべき家族がいるんだわ」
「そ、そんなぁ……。そうですよね、訓練で僕が怪我をしたら、教官役のガナシュさんの責任になりますもんね。ごめんなさい、我が儘でした……」
「い、いや……その、だな。ユズっこ、お前、弱くは」
「――ガナシュ。訓練中でしょう? 早く戻りなさい」
「は、はっ! 失礼いたしましたっ!」
エルさんの言葉に、ガナシュさんが訓練場へ戻って行きました。
参加したかったなぁ……。
僕が項垂れていると、エルさんがまたタオルで頭をぐしゃぐしゃしてきます。
あーうー。
「ほーら、ユズ。行くわよ。此処にいても邪魔なんだから。汗を流して、朝食にしましょう。さ、歩いて、歩いて」
「……エルさん」
「なーに?」
「……僕は、何時になったら自警団の訓練に混ぜて」
「永久にないわね」
「酷い!」
そ、そんなに駄目駄目なんですかっ!?
確かに、アルトリア家が訓練している自警団は精強らしいですけど……。
で、でも、僕は負けませんっ! きっと、訓練に混ぜてもらえるよう強くなりますっ!
何ですかエルさん、その目は?
「……私の剣技を目で追える貴方が、自警団レベルの筈ないじゃない。後で徹底させないと。まったくバレたらどうしてくれるのよっ……」
「? 何か言いましたか?」
「――何も言ってないわ。ただ、ユズは駄目駄目ーって言っただけ」
「ひ、酷いっ! もうっ!!」
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