第1話 朝の日課
自分で言うのもなんですが、僕――
太陽が昇ると同時に起きて(この時、隣で寝ているエルさんを起こさないように気を付けないといけません!)、顔を洗ったら、自分の片手剣を持ってすぐに訓練場へ向かいます。
僕が1年前から居候させてもらっているアルトリア家は、共和国でも武門として有名なので、屋敷内に広い訓練場を持っているんです。
誰もいない事を確認したら、準備運動をして、すぐに剣術の練習を開始します。
イメージするのは、当然、彼女――エルさんです。
エテミス大陸全体で僅か12人しかいない最強剣士の称号である『剣星』。
それを名乗る事を許されたレヴァーユ共和国の守護神の一人にして――色々あって、今は僕の保護者さんです。
ここに来た当初は、本当に駄目駄目で……彼女の剣閃を目で捉える事も出来ませんでした。
けれど、最近になって少しだけ、ほんの少しだけ……強くなった気がするんです。
片手剣をゆっくりと抜き、イメージに合わせて動かしていきます。
そして、少しずつ速度を上げていって――あぅ。
頭に何かが当たりました。これは、小さな小さな風魔法?
上を見ると、はぁ……やっぱりです。
2階の窓からはエルさんが笑顔で手を振っていました。
「……痛いです」
「それよりも先に言う事は?」
「……おはようございます、エル・アルトリア御嬢様」
「む、ユズ。何よ、その口調は!」
「いえ、僕は何時もの通りですよ。さ、御嬢様、まだお早い時間なので、お休みになられてください」
「む~! 意地悪なんだからっ! 今朝も起きたら、ユズいないし! 私よりも早く起きちゃ駄目って何時も言ってるのにっ! ちょっと待ってなさいよ――とぅ!」
「あ、エルさん、駄目――」
止める暇もなく、エルさんが窓から飛び、ふわり、と音もなく訓練場へ降り立ちました。
……あぅ。
「おはよ。さ、ユズ、私が見てあげるわ! どうしたの? 顔が真っ赤だけど?」
「えっと……あの……」
「んーあれあれ? ふふふ~……ユーズっ!」
「な、何ですか?」
「……今日の私の下着、可愛かったでしょ?」
「なななな!」
思わず後ろへ下がります。
すると、エルさんが前進。
僕はまた後ろへ。
また、エルさんがその分、前進してきます。
気付けば、後ろは壁でした。目の前にはエルさんの綺麗な顔。
手を伸ばしてきて、僕の頬に触れます。
「あ~もう。ユズは本当に可愛いんだからっ! やっぱり、朝練は止めてこのままユズを愛でることにしようかしら?」
「エ、エルさん、からかわないでくださいっ!」
「ふふ、冗談よ。さ、やってみて。もう少ししたら、自警団の訓練が始まるからそんなに時間はないわよ?」
「は、はいっ!」
――集中します。同時にまたエルさんを強くイメージ。
そして、ゆっくりと剣を動かし、少しずつ速度を上げていきます。
エルさんの剣術は、アルトリア家に伝わる正統派剣術で、家名そのままにアルトリア流と呼ばれるものです。
レヴァーユ共和国には、大陸中の人達が集まっているので、剣の流派だけでも何百、下手すると何千とあります。その中で、アルトリア流は国家指定されている凄い流派なんです。
今まで、実戦で何度か、エルさんが剣を実際に振るうのを見る機会に恵まれました。一撃――のように見えて、相手の急所全てを一瞬で斬る、正に神業でした。
今の僕ではそれの再現は到底出来ません。
だけど、少しずつでも強くなって、何時かエルさんに恩返しが出来たらいいな、と思っています。
そして、恩返しが終わったら、みんなの所へ――あぅ。
頭に何かが当たります
……またです。
「エルさん」
「何かしら?」
「……また、僕の頭に凄く小さな風弾を当てましたよね?」
「勿論、当てたわよ」
「……昨日のとこと、さっき当てられたところは修正しましたよね?」
「修正してたわね。偉い偉い」
「…………まだ、あるんですか?」
「当たり前じゃない。だって、ユズは駄目駄目なんだから♪」
「そ、そんなこと……分かってますけど……だ、だけど、僕だって少しは強く」
「ならなくていいーの。ユズは私が守ってあげる。別に、異人だからって全員が戦場に立つ必要はないんだから」
異人。この世界では、僕達のような存在をそう呼んでいます。
1年前、僕は当時まだ15歳の中学3年生でした。そして、僕と一緒に此方の世界へやって来たクラスメート達も。
僕達みたいな存在は、この大陸生まれの人達に比べて、力や魔力が強かったり、特殊なスキルを持ったり――とにかく、かなり強くなれる素質を持っているそうです。まるで、小説みたいな話ですけど、事実なのでしょうがありません。
確かに、僕の幼馴染達も最初に調べた時、凄い結果が出ていました。
だけど僕は……。
「ユズ? どうしたの?」
「……エルさん、僕が毎日している事は、無駄なんでしょうか?」
「ど、どうしたの?」
「だ、だって、だって……強くならないと、エルさんに何時まで経っても、命を助けてもらった恩返しも出来ないし、お金を稼ぐ事も出来ないですし……」
「ユズは馬鹿ね。馬鹿馬鹿ね。そんなの気にする必要ないのよ」
「だ、だけど――あぅ」
エルさんが、一瞬で距離を詰めてきて、僕を抱きしめてきます。
そして、ゆっくりと頭を撫でられます。
僕の身長は160センチですけど、彼女の方が背が高いのも、ちょっとだけコンプレックスです……。
「いいのよ、そのままで。私はユズを拾ってから、本当に毎日が楽しくて楽しくて仕方ないんだからっ!」
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