剣星様は甘やかしたい!
七野りく
第1章
プロローグ
多民族国家であるレヴァーユ共和国は、広いエテミス大陸の中で最も人種に対して大らかである。
だが、それもこの国の歴史を考えれば当然かもしれない。
300年程前に建国された理由からして、周囲を人族の大国に囲まれた少数民族が滅亡を免れる為に行った苦肉の策だったからだ。
大陸最強国となった今でも、この国は他民族を一切排斥しない数少ない国家である。
だからこそ首都の街中では、様々な民族を見ることが出来、他国では考えづらい奇跡――人族と小鬼とが商談している、鉄喰族と地下人族とが酒を酌み交わす、黒髪の異人が絶世の美女である長耳族とお茶をしている――などが日常の光景として存在しているのだ。
これこそが、共和国の力。繁栄の源。守られるべき世界。
その事を理解しなくてはこの国で生きていくことは出来ない。
が、他国から来た者にとっては、中々難しい事のようで……
「貴様! 猫族の分際で、俺様のマントを踏むとは……!」
「ごめんなさい! 急いでたのっ!!」
「き、貴様……この俺様を誰だと……」
「貴方なんて知らないよ。もういい? 急いで――きゃっ!」
男が剣を抜き放った。騒然となる街中。
背中の紅く染まったマントには、猛る獅子と竜。
共和国東部にある、デレイヤ帝国のものだった。
昨今は北方から現れた『魔王』の猛威に曝されており、劣勢が伝えられている。
かの国の国是は長く『人族こそ大陸を統べるに相応しい』だった為か、差別主義者が多い事でも知られている。
先代皇帝が、国是を撤廃して早25年。人の意識とは中々変わらないのだろう。
「……汚らしい獣人如きが!」
「た、たかがマントじゃないっ! あ、頭、大丈夫っ!?」
「死ねっ!」
「危ないっ!」
目を瞑った猫族の少女を抱えて横へ跳んだのは、黒髪の少年だった。
大陸にいる全民族がいる、と言われる共和国内でも、極めて少数。
『見れたらその日は幸運だから、迷いなく金貨籤を引け! 最高額の!!』と言われる希少種――異人だった。
この大陸とは異なる世界から来たというが……本当なのか嘘なのか、確かめた者は多くない。
まぁ、この場においてはそうでもないのだが。
「ち、ちょっと、ユズ! 離してっ!」
「痛っ、痛いですっ! クーさん、前にも言ったじゃないですか! 人の中には、危ない人もいるんですよって!」
「そんなの聞いて――危ないっ!!」
「わっ!」
咄嗟にクーと呼ばれた猫族の少女を、脇へ放り投げ、少年は剣を回避。
男は憤怒の表情で、ユズと呼ばれた少年を睨みつけている。
放り投げられた先で、少女は半回転して優雅に着地。
そして、周囲をキョロキョロ。
――何かを察知すると、周囲に向かって大声で叫んだ。
「みんな~!!! あの人が来るよ~!!! 退避~!!! 退避~!!!」
それを聞いた瞬間――静寂。皆がどっと逃げ始める。
ある者は商品を抱え、ある者は鞄を持ち、ある者は机を持って。
残されたのは少年と、理解が追い付いていない男。
「これは何だ? それに貴様は――異人ではないかっ!? 1年前、異人の1人が行方不明になったと聞いたが……こんな国にいるとはっ!」
「僕にも事情があったんです。あと、この国の悪口は言わないでください。とってもいい国です。みなさん、良い人だし、一生懸命ですし。帝国みたいな差別も少ないですしね。帝国が対魔王戦で劣勢なのは、そこが大きいんだと思います!」
「……まぁいい。逃亡者を斬ってもお咎めはない。死ね」
「私の可愛いユズに手を出そうなんて……いい度胸ね」
男が振り下ろした剣は、少年に到達するまでの間に、剣身が消失していた。
呆然とする男の前に立ったのは――美しい、余りにも美しい耳長族の女性だった。光に反射する長い髪は薄い橙色を帯びている。
服装は薄目の落ち着いた色のシャツと長スカート。鎧はつけておらず、手に持っているはの剣ですらなく――先程まで食べていた、串焼きの串だった。
「馬、鹿、な……俺様の魔剣を、く、串で折った……い、いや、消した、だと!?」
「魔剣? 今のが?? 冗談でしょう。うちの国だったら一般兵用、しかも消耗前提の大量生産品ね。で、遺言はそれで良いのかしら? ……私のユズに『死ね』って言ったわよね、貴方?」
「――――っ!」
男は恐怖の余り、声も出ないようだ。
女が、処刑人の笑みを浮かべ何もない空間から、剣を――
「エルさん! 駄目ですっ! こんな所で聖剣を抜いちゃっ!!」
「ユズ、止めないで」
「駄目です。それにその人、もう気絶しちゃってます。さ、帰りましょう」
「……ケチ! もう、助けてあげないんだからっ!!」
「なら……僕、強くなります!」
「駄目です」
「ええ~!?」
「駄目です。ユズは駄目駄目だから、強くなれません。だから、私が守ってあげないと駄目なんですっ!」
「そ、そんなぁ……」
少年が情けない声を出して項垂れる。
「いやでも、『剣星』様の殺気を受けながら止めるって……普通じゃ出来な、ごふっ……」
「はい! お仕舞。散って、散って!」
様子を窺っていた冒険者らしき蜥蜴族の男が突然倒れた。その眉間には先程の串。禁句だったようだ。おそらく、死んではいまい。
邪魔者を排除した美女は落ち込む少年の手を握ると、歩き始めた。
途中、目が合った猫族の少女へ舌を出す。少女も、目を吊り上げて威嚇。
……毎度のことなのだろう。
――これは、大陸最強剣士である『剣星』となった美女が、偶然拾った異界から来た少年を、一生懸命、全力で甘やかす物語である。
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