妹の進学先

「それで母さん。どういうことか説明してもらってもいい?」


 あおいとあかりの二人の前に水の入ったコップを置き、向かい合う形で席に着いた夜は開口一番にそう問うた。


 一体、どういうことなのかと。


 急に家に来たのはなぜなのか、なんであかりもいるのか、それら全部をひっくるめて。


「お水って……お茶くらい用意しておいたら? いざってとき困るわよ?」

「ほとんど誰も来ないからいいんだよ……」


 あおいのごもっともな指摘に夜は項垂れる。


 流石に水はないだろうとは思った。それならむしろ出さないほうがいいのではとも思った。


 でも、春休み真っ只中だからあまり買い物にも出かけていないし、冷蔵庫の中にジュースの類も入っていなかったのだ。


 コーヒーは飲むとしても缶コーヒーだしコーヒーメーカーなんてお高いものは当然ながらない。


 学校に持っていく飲み物として麦茶も作るようにしているのだが……生憎とその学校が休みだから作っていない。


 だからといって何も出さないというのは気が引けたので苦肉の策としての水なのだ。決してほとんど誰も来ないから用意していなくて水しか出せないという悲しい理由ではない!


「というか話逸らさないでくれ……それで、母さん。どういうことなんだよ?」

「そうね……どこから話せばいいかしら……」

「お母さん、まずは……」

「うん、そうね……まずはそうよね……」

「……二人で完結しないでよ」


 夜をそっちのけでうんうんと頷きあうあかりとあおいの二人。


 一緒に来たのだ。お互いに事情を知っていてもおかしくはないだろう。ただ、そっちのけで二人で盛り上がるのはやめてほしい。悲しいから。


 あおいはこほんっと咳払い。


「それじゃ単刀直入に言うわね」


 あおいの神妙な面持とその雰囲気に、夜も自然と肩に力が入る。


 脳裏によぎるはここにはいない父である浩星の顔。まさか、父親の身に何かあったのではないかと嫌な想像をしてしまう。


 そんなことはありえない。けど、ここに浩星の姿はないし突如訪問してきたということは何かがあったということは確実だろうし……と不安に駆られる夜。


「その、実はね……」


 言い出しにくいことなのか、言葉を濁すあおい。隣に座っているあかりの表情も芳しくないように思える。


 ますます、嫌な予感が、嫌な想像が脳を埋め尽くす。


 何を言われても問題ないようにと、最悪の場合も想定しておこうと、覚悟を決め固唾を飲む夜。


 しかし、そんな心配はすぐに杞憂だったと、むしろそれ以上の最悪かもしれない思い知ることになる。


「あかりも夜と同じ高校に入学することになったの」

「……そっか、今年だったもんな、卒業……って、え?」

「それでね、大学生ならまだしも高校生の女の子に一人暮らしはさすがに早いなと思ってね?」

「うん、話追いついてないから。今、ナギ高に入学するって言った?」

「浩星とも話し合ったんだけど、夜との二人暮らしなら私たちも安心できるってことになったのよ」

「母さん、俺の話聞いて? 少しくらいは耳傾けて?」


 頭の上にクエスチョンマークしか浮かばない夜に、あおいはやれやれ仕方ないわねといった様子で。


「だから、あかりも夜と同じ高校に通うことになったから、今日から二人で暮らしてねってこと。いい?」

「よろしくね、おにいちゃん!」


 あっけらかんとしているあおい。嬉しそうに、それはもう嬉しそうに満面の笑みで夜に抱き着くあかり。


「……よろしくも何も……普通事前に報告と確認くらいしない……?」


 突如として投下された爆弾に、夜は叫ぶ気力も失い。


 ただただ、天井を仰ぎ見ることしかできなかった。

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