真正の悪役VS誰かにとってのヒーロー
「――お前こそ、瑠璃先輩の人生を勝手に奪うな!」
他人の人生を、自分勝手に出来るわけなんかない。
それは結婚している夫婦だろうが、血縁関係である親子や兄妹だろうが、仲のいい友達や親友だろうが関係ない。
かかわることは出来るだろう。同じ時間を共有することも出来るだろう。
だが、自分勝手に相手の自由を縛ったり、好き勝手にしたり、奪うなんてことは出来ないし、絶対に許されない。許されていいはずがない。
それなのに、賢二は瑠璃を一人の女の子としてではなく、自分のモノ扱いをした。
家族を、大切な人を守るために、自らを犠牲にしようとした心優しい女の子――瑠璃の決意や想いを、人生そのものを踏み躙った。
故に、夜は怒りを露わに吠えたのだ。思いの丈を叫んだのだ。
しかし、そんな夜の心の底からの本音は。
「女前にしてイキり散らかしてヒーロー気取って……うっぜぇわお前」
賢二には響かなかったようだ。
もともと、賢二が夜の言葉を聞いて改心するとは思っていなかった。
他人をモノ扱いすることに躊躇がないのだから、諭したところで語ったところで説得したところで「はい、わかりました」と聞き入れてくれるとは到底思えなかったからだ。
だけど、もしかして俺は間違っているのか? と少しくらいは考え直してくれるのではないかと思っていた。いや、正確には願っていたのだ。
別に、賢二にはまだ善意があると思っていたわけではない。仮にそんなものがあったとしたら、そもそもの話、瑠璃は俺のモノという最低最悪な発言はしないだろう。
それでも、少しくらい考えを改めようとしてくれれば、情状酌量の余地は……。
「……いや、ないな」
どうやら、夜の願いや想いは上っ面だけで、取り繕ったそれっぽい理由付けで、本心ではなかったらしい。
だって、最初から、情状酌量の余地などなく、有罪判決待ったなしだったのだから。
そもそも、賢二に期待することなど何もないのだから。
だから、賢二に何を言われようが、夜の心にだって響かない。
「おい、なんか言ってみろやヒーロー気取り!」
けれど。
「……そうかもしれない……」
確かに、傍から見れば女の子を前にしてイキリ散らかしているだけなのかもしれない。ヒーローを気取っているだけなのかもしれない。言葉通りうざいだけなのかもしれない。
そう思っているのは賢二だけなのか、はたまた瑠璃やあかりも同様に思っているのか。そんなことはわからない。
だけど。
「でも、お前みたいなクズよりはマシだ!」
自分のことをヒーローだなんて思っていない。
ヒーローは遅れてやってくるとはよく聞く話だが、夜が駆け付けた時にはすでに取り返しのつかないことになってしまっている。
夏希の時も、そして今回も。事前に防ぐことが出来なかった。何か出来たはずなのに、何も出来ずに自分の無力さを誰かのせいにして逃げだした。
そんな人間が、ヒーローだなんておこがましいにも程がある。相応しいわけがない。
だけど、かっこいい自分でありたいと、ヒーローでありたいと思って何が悪いというのか。憧れたらダメなのだろうか。
賢二の言うことは、気に食わないし認めたくはないが……もっともなのかもしれない。
けれど、少なくとも。真正の悪役なんかよりも、ヒーローを気取るやつの方が何倍もマシに決まっている。
それに、今の夜は瑠璃にとって、ヒーロー気取りではなくヒーローそのものなのだから。
「――あぁ、そうかよ。やっぱお前うぜぇわ」
あれだけ浮かべていた笑顔、否、嘲笑が嘘のように消えた顔で、賢二はぽつりと零した。
きょろきょろとあたりを見回し、お目当てのものが見つかったのかすたすたと歩を進める。
一体、何をするつもりなのか……と夜が聞こうとして、しかし言葉にすることはなく、驚きのあまり目を見開き、息を飲み込んだ。
何故なら、賢二がその手に持ったものは、瑠璃の机にペンや消しゴムなどと一緒にペン立てに入っていた文房具の一つであるカッターだったから。
工具として用いるカッターではなく、あくまで文房具として用いるカッターだから、そこまで大きいサイズではない。
だが、しかし。
「なぁ、このカッターを人に刺したらどうなるんだろうなぁ」
誰かを傷つけるには十分すぎるだろう。
ただでさえ、カッターは文房具の中でも一、二を争う危険な刃物なのだ。
便利な一方で、一歩でも使い方を間違えれば大惨事になりかねない。
そんなカッターを、人に刺せばどうなるのか。
実際に、カッターが人に刺さるかどうかはわからない。だって、試したことはないしそもそも試そうと思う人はいないと思うし。
だけど、大けがでは済まないだろう。最悪の場合は、死んでしまうかもしれない。
そんなことがわからない賢二ではないだろう。流石に大学生なのだ、そんな常識を知らないはずがない。
だったら、賢二がカッターを持った理由など明白。
この部屋にいる三人を、正確には夜を……。
その答えに辿り着くよりも先に、夜は咄嗟に身体を動かしていた。
瑠璃とあかりを庇うようにして、夜は二人の前に立つ。
「大事なもんなら、守ってみろやヒーロー気取りッ!」
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、賢二はカッターを構えて走り出す。
目標は言わずもがな、夜たち三人である。
「夜クン!」
「おにいちゃん!」
早く逃げて! と二人の悲痛な叫びが木霊する。
しかし、夜は逃げない。逃げるわけにはいかない。
何も、自分が刺されるわけがないと、本当に刺すわけがないだろうと楽観視しているわけではない。
武道の心得があって賢二を無力化出来るわけでもない。
それでも逃げないのは、あかりと瑠璃を守るため。
ここで夜が恥も外聞も見境もなく逃げ出せば、次の標的とされるのは間違いなく瑠璃とあかりだろう。
大切な二人が傷付くくらいなら、自分が傷付いた方がよっぽどいい。痛みなんて二の次である。
刻一刻と迫ってくる賢二とカッターの刃。
夜は後ろの二人を守るかのように両腕を広げ、しかし恐怖のあまりにぎゅっと目を瞑る。
しかし、すでに刺されていてもおかしくないのに、一向に痛みは訪れない。
一体何が……? と恐る恐る夜が瞳を開けば、腹部にカッターが刺さっていることもなく。
それどころか、賢二の横っ面には拳がめり込んでいた。
~あとがき~
ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。三章終わると思ってました? 俺もそう思ってた時期がありましたよ……。
書いてるうちに「あれ? これまだ終わんねぇな?」と思って……おかしいなぁ、予定では数十話前にはすでに三章終わってたはずなんだけどなぁ(遠い目)。
とまぁ、ラブコメとしてはどうなの? と思わなくもない展開なわけなんですけども、当初の予定だったら夜は隆宏に直談判しに行ってて瑠璃を助けたのはあかり一人だけだし、何なら賢二はあかりもろとも犯そうとしてたし、そもそも瑠璃は犯されかけてて下着姿にされてたし、賢二は何故か知らないけどナイフ持ってたし、夜さんがアニメでよく見るナイフの刃を握りしめて二人を助けてたり、でもやっぱり痛いのは痛いと涙目になってたりとツッコミどころ満載なんですが、改稿前を知っているとこれでもかなりマシになったな……と思うんですよね。
この改稿前に関しては機会があればみなさんに見せたいなと思います。まぁ、そんな機会なさそうですけど。
本編にはまったく触れてませんが、長々と話すのもあれなんで今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
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