落ち込んで落ち込みまくって立ち直ったから

『――以上が、私が瑠璃から聞いた、事の“すべて”です……』

「――っ……」


 真璃から告げられた、あまりにも衝撃的なその事実に、否、“すべて”に、夜は何も言うことが出来ずにいた。


 隆宏は脅迫されていた? 脅迫していたのは賢吾で、しかも市長? 対価として要求されたのは瑠璃で、今回のお見合いはそのためのもの? 正直、わけがわからない。わかるはずもない。


 だからというわけではないが、何を言えばいいのかわからない。いいや、何も言えないのだ。


 だけど、一つだけわかることがある。


 瑠璃は、自分を犠牲にすることで、家族を守ったのだということを。


 優しい人間にのみ、否、優しすぎる人間だけが抱くことの出来る、「誰かを守るためなら、自分はどうなったってもいい」という優しさと思いやりが生んだ悲しくて残酷な選択肢――自己犠牲。


 そんな悲しい選択肢を、残酷な選択肢を、瑠璃は優しすぎるが故に選んでしまったのだ。


 誰に相談するでもなく、たった一人で、独りで、自分が不幸になるかもしれない、否、確実に不幸になるであろう道を歩くことを、自ら選んでしまったのだ。


 それが、どれだけ辛くて、どれだけ苦しい決断だったか。夜にはわからない。


 少なくとも、自分にはそんな真似は出来そうにない。確実に、絶対に出来ない。出来るわけがない。


 嫌だと叫び散らかし、頭をぶんぶん振りまくって否定して、尻尾巻いて逃げることは間違いない。


 だって、夜は瑠璃のように優しくはないから。


 瑠璃は、優しすぎるから。


「……おにいちゃん、大丈夫?」


 心配そうな顔で、表情を窺うべく夜の顔を覗き込むあかり。


 電話をし始めたときなんか、「真璃? それ女の名前だよね? 誰? 誰なの? ねぇ、オニイチャン」とせめてもの配慮なのか、電話相手である真璃には聞こえないような声量でぼそぼそしまくっていたというのに。


 次第に夜の表情が芳しくなくなってきたから心配になったのだろう。


 例え、どこの馬の骨ともわからない女と話していたとしても、兄である夜の表情が曇れば心配になることに変わりはないのだから。


 何があったの? その女のせいなの? と目の色を変え始めたあかりに、夜はこくりと頷いて、大丈夫だと言外に伝える。実際に大丈夫と口に出すのは電話中ということで憚られたから、行動で示したのだ。


 そんな夜の想いはしっかりと伝わったのだろう、あかりは安心でもしたかのようにほっと胸を撫で下ろしている。


 なんか俯いてぶつぶつ呟いてるけど。


『……今、夜月君がどんなことを思っているのか、考えているのかは私にはわかりません』


 真璃がわからないのは無理もない。というか当然だ。


 だって、他人の思考を読み取ることなんて出来るわけがないし。


 何よりも、当の本人である夜にすらわからないのだから。


『ですが、これだけはわかります。瑠璃があなたに対して発言した内容は、すべて嘘だったと。優しいあの子が、大好きなあなたに暴言を吐くなど考えられません』


 真璃の言っていることは、瑠璃の発言は嘘だということは、きっと間違いじゃなくて、正しいのだろう。


 夜だって、何度もその結論に辿り着いた。瑠璃は、あんなことを絶対に言わないと。


 だけど。


『だからこそ、あなたが感じた痛みは、苦しみは相当なものだったと思います。瑠璃のことを許せないと、そう思っていても不思議ではありません』


 瑠璃の真意はわからなかったけど、そんなものは最早どうでもよくて、ただただ裏切られたことが辛くて悲しくて、そして許せなかった。


 一度芽生えてしまった疑念や怒り、恨みつらみは晴れてくれやしないし、未だに落胆したままだから。


 あの言葉が嘘だったとわかった今でも、心のどこかではやっぱり許せないと思っているのかもしれない。


『ですが、仮にあなたの瑠璃に対する想いが、以前と変わっていないのならば……』

「……」

『――瑠璃を、私達の代わりに助けてあげてくれませんか……?』


 助けてほしい、そう言う真璃の声は震えていて、その声音には悔しさや怒りが込められているように感じた。


 悔しいのだ。母親として、娘に何もしてあげられないことが。


 怒っているのだ。自分には娘の想い人に助けを求めることしか出来ないということに。


 悔しくて悔しくて、怒りに震えて仕方がないのだ。


「……お、れは……」


 自分に、瑠璃を助けることなんて……出来るはずがない。


 裏切って傷付けた瑠璃が悪い? 否、それは違う。


 瑠璃はあんなことを言わないと最後まで信じ切れず、勝手に裏切られたと思い込んで、勝手に傷付いて、尻尾巻いて逃げ出した自分が悪いのだ。


 そんな自分なんかが、瑠璃を助けたいと思うなんて烏滸がましいにもほどがある。


 自分には、瑠璃に合わせる顔がない。


 ――だけど。


「――わかりました。俺に任せてください。瑠璃先輩を……絶対に助け出します!」


 それでも、瑠璃先輩を助けたい。その想いに、嘘偽りはない。


 烏滸がましい? 合わせる顔がない? そんなプライドは捨ててしまえばいい。


 瑠璃を許せないと思っていたのは、瑠璃に裏切られたと思っていたから。


 本心ではなかった、それがわかれば十分、否、十二分。


 それに、瑠璃は同じ部活のメンバーで、お世話になっている一年上の先輩で、大切な友達だ。


 そんな人を助けたいと思う理由なんて、友達だから以外にはない。


『――ありがとうございます。案内役の人に門前にて待機するよう言っておきます。……お待ちしております、夜月君』


 その言葉を最後に、ぷつりと通話は途切れた。


「……おにいちゃん、どういうこと?」


 戸惑いつつ、あかりは小首を傾げる。


 何が何だかわからないのだろう。


 無理もない。だって、本当に何が何だかわからないのだから。


 どうして、知らない女との電話で瑠璃の名前が挙がったのか。助けるとはいったい何のことなのか。訳がわからない。


 あかりには、説明しておいた方がいいのかもしれない。


「瑠璃先輩の実家に向かいながら説明する!」


 しかし、そんなことをしている猶予はない。


 ちょっと待ってよ! と後を追いかけてくるあかりを横目に、邪魔だ! と背負っていたリュックを放り投げ、夜は駆け出した。


 自分を犠牲にするほど優しすぎる、友達瑠璃を救うために。




~あとがき~

 ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。

 ……さて、まずは謝罪を。

 本当にすみません。しかし、今回ばかしはちゃんとした理由があるのです!

 じ、実は……お恥ずかしながらここ三週間ばかしほど腰痛が続いていてですね? 病院に行って診断してもらったところ……ヘルニアかもしれんと言われまして……。

 今月十九歳になったばかりだというのに、ヘルニアかもしれないという診断。正直嘘だろ? と思いましたが、尚もひどくなるこの腰痛。座っているだけで、否、立っているだけで、否、何もしなくとも腰が痛い! コルセット巻いても、湿布張っても、薬飲んでも痛みは引かない!

 なので、この数日PCの前にも座ることが出来ず、執筆できずにいたんですが……そろそろ投稿せなあかんやろ……と激痛にもだえ苦しみながら書いた次第です。このあとがき書いてる時も超痛いです。

 なので、これからも登校頻度が著しく遅くなるでしょうがご了承ください。俺の腰が悲鳴上げてるんで。

 さて、長い事情説明はさておき。今回はいかがでしたか?

 真璃に助けてあげてほしいと言われた夜の返答を悩みに悩み……男らしく、主人公らしくしようとカッコつけました。カッコよかったでしょ? カッコよかった……よね?

 次回、夜さん殴りこみます。乞うご期待。

 というところで、今回はこの辺で。

 それでは次回お会いしましょう。ではまた。

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