悲しい決断

「市長……あの人が……?」

「知らないのも無理はない、葛城さん……いや、葛城が就任したのは瑠璃が柳ヶ丘高校に入学してからだからな」


 隆宏が脅迫されていたというだけで頭がパンクしそうだというのに、ここに来て脅迫していた賢吾が市長だというこれまた衝撃の事実に、いよいよ付いていけなくなっている瑠璃。


 瑠璃の記憶では、朧気ではあるけど少なくとも賢吾ではなかったような気がするのだが、隆宏が苦笑いを浮かべつつ補足してくれる。


 確かに、瑠璃が柳ヶ丘高校に入学するに伴い一人暮らしを始めてから市長が変わったというのなら、瑠璃が知らないのも無理はない。というか、そもそも市長が誰かとか興味の欠片もないし、実家にいようがいまいが顔も名前も朧気だったのは変わりないだろうし。


「でも、市長がどうして……?」


 しかし、依然としてわからないのは、どうして賢吾が隆宏を脅迫したのか。


 正義感に駆られて……なんてことは絶対にないだろう。わざわざ嘘の証拠を偽造してまで脅すとか正義とは真反対の行いだから。


 だからこそ、どうして嘘の証拠をでっち上げてまで、隆宏の逃げ道を悉く潰しかかってまで、隆宏を脅したかがどうしてもわからない。


「本はと言えば、私が悪いのかもしれないな」

「ど、どうして……?」

「有名な話だったんだ。市長である葛城賢吾は、悪事に手を染めていると」


 セクハラにパワハラ、ギャンブルに裏金、それこそ金銭の横領など例を挙げたらキリがないほどの不祥事を起こしているというのは、噂程度ではあったものの、隆宏達の間ではよく聞く話だった。


 もし、仮にその噂が本当だったとしたら、賢吾に市長は務まらない。務まるはずがない。


 何よりも、市民の信頼あってこその市長。だというのに、悪事に手を染めているなどありえない。もってのほか。言語道断。


「だから、私はその真偽を確かめるべく調べていたのだが……」

「それがバレたから脅された……?」

「……十中八九、そうだろうな……」


 否、そうとしか考えられない。


 要は、出過ぎた真似をしてくれた隆宏に対する仕返しが、脅迫状なのだろう。


 星城家はここら一帯では名の通った良家だ。その娘と自分の息子が結婚することになれば、星城家とも繋がりを持つことが出来る。


 つまり、賢吾からしてみれば、隆宏はネギどころか大金背負ってきた鴨というわけだ。その表現は腹立たしいことこの上ないが。


「け、警察には相談出来ないの?」

「確実な証拠がなければ捜査はしてくれないだろう」

「だったらこの脅迫状を……」

「どこにも葛城賢吾の名前は書いていないし、手書きじゃないから筆跡も照合出来ない。それに、警察に相談したのがバレる方が問題だ」


 警察に通報して、しっかりと捜査してもらえるのならばそれに越したことはない。


 だけど、捜査に踏み切ることが出来る証拠がなければ意味がない。噂程度では動いてくれることなんてありえないと思っていいだろう。


 しかし、だからといって、脅迫状が証拠になるかと言われれば首をひねざるを得ないのだ。


 脅迫されていますと相談は出来る。だが、相手が葛城賢吾であるか否かは証明のしようがない。


 指紋を残すなんてヘマをするとは到底思えないし、当然の如く差出人の名前はない。脅迫文も印刷されたものだから筆跡で犯人を辿ることも出来ない。つまり、証拠としてなり得ない。


 だが、脅迫状が証拠になるとして、隆宏が警察に相談するかといったら……答えはノーである。


 相談して即座に逮捕出来るならまだしも、そうでない可能性だって大いにある。


 もし、そんなことになれば、逆上した賢吾が何をするかわからない。


 自分の迂闊な行動で、家族が普通の生活を送れなくなるなんてことになったら、悔やんでも悔やみきれない。だから、足が竦んで何も出来ない。


「――すまない、瑠璃」

「お父さんが謝ることじゃないよ! 悪いのは全部葛城って人でしょ!?」


 瑠璃の言う通り、隆宏が謝る必要などない。皆無と言ってもいい。


 だって、隆宏は何も悪いことはしていない。ただ、自分の正義に従って動いたまでのこと。


 本当に悪いのは、頭を下げて謝罪しなければいけないのは、言わずもがな賢吾である。


「いや、悪いのは私だ。変に頭を突っ込んた所為で、瑠璃や真璃を危険に晒してしまったのだから」


 父親失格だ……と俯く隆宏の表情は伺えない。


 だが、悔しくて、不甲斐なくて、苛立たしくて歪んだ顔を見せたくなかったという隆宏の想いだけは伝わった。


 そんな隆宏を横目に、瑠璃はどこか安堵していた。


 隆宏は自分を捨てたんじゃなかった。売ったんじゃなかった。裏切ったんじゃなかった。


 ただ、自分がすべきことをしようとしていただけで、今回のお見合いも望んだものではなかった。


 誰にも相談することが出来ず、今日まで悩みに悩んで、悔やみに悔やんで来たのだ。


 そんな隆宏を、誰が攻めることが出来ようか。いいや、出来ない。出来るはずがない。


 だって、隆宏は何も悪くはないのだから。悪いのは、すべてあの葛城賢吾という男なのだから。


 ――ごめんね、夜クン。勝手に決めちゃって。


 大好きなお父さんとお母さんを守れるなら、私は……。


「……お父さん。私、賢二さんと結婚する……」




あとがき補足

 ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。

 さて、今回も前回に引き続き補足を。作者がこうも補足していいのかはさておき。

 賢吾が起こした不祥事についてですが、政治家が起こした不祥事とか調べて目についたものを手当たり次第書いただけで、市長にそんな不祥事が起こせる? と言われれば私はぐうの音も出ません。

 ぶっちゃけ、賢吾は超悪い奴ですよ~と説明するためだけのものなので、そこまで気にすることはないと思いますが……気に喰わない詩和ふざけるなという方はコメントにて無知な詩和に教えてください。

 ……すみません、毎日投稿どこ行った? と思う方が殆どでしょう、ごめんなさい、これでも精いっぱい頑張ってるんです許してくださいお願いします何でもしま……せんけど、流石に怖いので。

 ですが、出来るだけ毎日投稿できるように頑張っていますので、温かい目で見守ってていただけると……。

 長くなってきたので今回はこの辺で。

 それでは次回お会いしましょう。ではまた。

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