　準備をするために一度帰えると夜は家へと帰り、瑠璃は笑顔で見送った、否、見送ることが出来た。

　泣くほど辛くて、悲しかった昨日のお別れ。

　もう話すことも出来なくなる、笑い合うことも出来なくなる、一緒にいることも出来なくなる、そう思っていたけど。

　今日のお別れは辛くなかった。悲しくなかった。

　だって、夜が一緒に来てくれるから。

　瑠璃だって、夜と一緒に帰ったところでお見合いが中止になるなんて思ってもいない。

　それでも、嬉しかった。嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

　絶対に救ってみせると、一緒に帰ろうと、そう言ってくれた。約束してくれた。

　その言葉が、その約束が、夜という存在そのものが、今の瑠璃の心の支えなのだ。

「……大丈夫、だよね……？」

　しかし、だからといって不安が完全に拭い切れたわけではない。

　夜の言葉を疑うわけではないし疑いたくもないのだが、それでも不安なものは不安なのだ。

　もし、どうしようも出来なくて瑠璃の結婚が決まれば、この先の未来に自由の二文字はないだろう。

　もう好きなことをすることも、好きな人に出会うことも出来なくなる。

　でも……。

「きっと大丈夫……ううん、絶対に大丈夫……」

　確信をもってそう言える。

　だって、夜がいてくれるから。

　静寂に満ちた一室に、一つの影がスマホの光で浮かび上がる。

　壁一面に貼られた夜の写真に包まれながら、あかりはベットに座り込んでいた。

　光の一切差し込まないハイライトの消えた瞳が見つめるはスマホの画面に映る愛しい兄の写真。あかりの、一番のお気に入りの、笑いかけてくれた時の夜の写真。

　しかし、この笑顔があかりに向けられることは……もうない。

　だって、夜には……。

「……おにいちゃんに、彼女……」

　彼女が出来てしまったから。

――私の、恋人になってもらえませんか？

　保健室で盗聴器越しに聞いてしまった瑠璃の告白。

　それを聞いた瞬間、あかりの中で何かが壊れた。

　頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。保健室の先生が言うには、家に帰さなきゃと思うほど顔面蒼白で、具合が悪そうを通り越して今にも死にそうな顔に見えたらしい。

　だから、その後の会話は聞こえなかった。つまり、厳密にいえば夜が瑠璃の告白にどう答えたのかをあかりは知らない、否、知らなかった。

　夜の、あんな言葉を聞くまでは。

　家に着いて、自室に籠って。夜は断ってくれているはずと、夜が選ぶのは自分なのだと、そう信じたかったがゆえに恐る恐る盗聴を再開したのに。

『瑠璃先輩の後輩……いや、彼氏（、、）の夜月夜です』

　聞こえてきたのは、そんな言葉だった。

　ただの聞き間違いだと自分に言い聞かせたかった。けど、あかりが夜の言葉を聞き間違えることなんてありえない。絶対にありえないのだ……。

「違う……違う違う違うおにいちゃんはそんなこと言わないおにいちゃんは部長を選ばないだっておにいちゃんが好きなのはわたしだもんわたし以外いないもんだからおにいちゃんが部長と付き合うなんて、付き合うなんて……そんなの嫌だ、嫌嫌嫌！」

　信じられない信じたくない信じられるわけがない。

　おにいちゃんが誰かと付き合うのなんて嫌だ。

　おにいちゃんがわたし以外の女を選ぶなんて嫌だ。

　おにいちゃんのとなりはわたしじゃないと嫌だ。

　嫌だ。

　嫌だ嫌だ。

　嫌だ嫌だ嫌だ。

　嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。