恋人になってもらえませんか?
「……落ち着きましたか? 瑠璃先輩」
「う、うん……」
心配してくれる夜を横目に、瑠璃は顔をそらし続けた。
こんなときでも優しくしてくれたことは嬉しかった。それはもう、嬉しかった。一人で抱え込まなくていいんだと、夜に迷惑をかけていいんだと知って気持ちが楽になった。
けれど、泣き顔を見られたことがただただ恥ずかしくて。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、
「……ありがとね、夜クン」
「どういたしまして……って言いたいですけど、まだお礼を言われるようなことは……」
別に、謙遜しているわけではない。本当に、お礼を言われるようなことはしていないのだ。
ただ心配だったから家まで押しかけて。
言いたくないことを無理矢理言わせて。
無神経にも頼ってほしいと後輩として、否、友達として我儘を言っただけだ。
だから、お礼なんて言われる筋合いはないのに。
「してくれたよ? だから、ありがとう、夜クン」
それでも尚、瑠璃はありがとうと夜の目を見て言ってくれた。
確かに、夜からしてみれば大層なことはしていないのだろう。
だけど、瑠璃からしてみれば夜は感謝してもしきれないことをしてくれた。
わざわざ家にまで来てくれて。
一人で抱え込まないでいいのだと教えてくれて。
頼ってほしいと言ってくれた。
それがどれだけ嬉しかったか、どれだけ心が救われたか。
だけど、夜にはわかるはずもないだろう。
だって、瑠璃にしかわからない、わかるはずがないのだから。
「……ねぇ、夜クン。何とかするって言ってくれたけど……どうするの?」
何もかもを諦めていた瑠璃の心を救ってくれた夜の言葉。
きっと、考えがあっての発言だったのだろうと、その考えを教えてほしいという瑠璃の問いに。
「……」
夜は顔を逸らし口を閉ざした。
まるで、何も考えていないと言わんばかりに。
「……夜クン?」
ビクンっと肩を揺らすが、反応もなければ顔も逸らしたままだ。
「……夜クン……もしかして……」
「……すみません、何とかするって言葉に嘘はないですけど、具体的には……」
「そ、そっか。そう、だよね。ごめんね、夜クン……」
何とかするという夜の言葉が嬉しくて、気付けば夜にすべてを任せようとしていたことに気付かされ、瑠璃は咄嗟に謝罪の言葉を口にする。
瑠璃が謝ることではないと、そう言おうとして夜は言葉を飲み込んだ。
それを言ったところでお互いの気持ちが晴れるわけではないし、きっとお互いに謝り続けることになっていただろうし。
しかし、このまま瑠璃を落胆させたままではいられない。
頼ってほしいと、何とかすると言ったのは誰あろう夜自身なのだ。
だったら、夜がやるべきことは……。
「……瑠璃先輩、一つ思ったんですけど……行かないって選択肢はないんですか?」
「私も考えたんだけど……きっと無理矢理にでも連れ戻されると思う……」
そもそもの話、行かなければお見合いも婚約もないと思ったのだが……どうやら難しいようだ。
逃げればいいのかもしれないが、瑠璃の怯えた表情を見れば断念するしかない。
そもそも、逃げたところで逃げ切れる保証はないし何から逃げ出せばいいかわからない以上博打にしかならない。だったら、行かないという選択肢は選べない。
「……そうだ、夜クン! お見合い自体をなかったものにすればいいんだよ!」
「えっと、どういうことです?」
「だから、婚約を前提に付き合っている彼氏がいるってことにすればいいんだよ!」
お見合いとは、簡潔に言えば結婚を希望する男女が対面することだ。
つまり、独身の男女でなければお見合いは成立しない。
まぁ、中には既婚者なのに合コンに参加する人もいるにはいるが、お見合いは合コンと違って一対一。
だから、瑠璃に彼氏がいるとなればお見合いはなかったことになる。
だが……。
「でも、バレませんかそれ……」
夜の言う通り、バレる可能性がある。というか、まず間違いなく嘘は露見する。
だって、そんな人物はどこにも……。
「……よ、夜クン。お願いがあるの」
鼓動がやけにうるさく早鐘を打っている。
顔が熱い。きっと、夜の目からは真っ赤に見えていることだろう。
それでも、瑠璃は意を決して言葉を紡ぐ。
「私の、恋人になってもらえませんか?」
〜あとがき〜
今回はあとがきなしで! 多くを語るのは野暮でしょう?
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