幼馴染は幼馴染
トントンという野菜を切る子気味良い音と、ジュワ~という香ばしい香りとともに肉の焼ける音が耳に届く。
「ねぇ、夜。なに作ってるの?」
机に突っ伏していた梨花が興味深そうに夜に問う。さっきまでのやる気はどこへいったのかと問い返したい衝動に夜は駆られたが、根を詰めすぎてかえってやる気をなくされる方が面倒だし何より休憩は必須だと喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
というか、他人にやれと言われたことほど人はやりたくないと思うようになってしまうのだ。だから、やりたいときだけやって、やりたくないときはやらない、それで何も問題はないだろう。
「何ってただのカレーだよ。みんなで食べるとなるとそれなりに量が必要になるだろうし、一品だけで済むから手っ取り早いしな」
一人暮らしの強い味方かつ手順も覚えやすく材料費も安く済み、作り置きしておけば翌日の夕飯も賄えるという家庭料理の定番であり最強、それがカレーである。
しかし、カレーを作る夜の表情は注視しないと気づかないレベルではあるが影が差し込んでいた。
それは、宿泊研修のことを思い出してしまうからだろう。
一ヶ月が経過したし、夏希も気にしていないとはいえ、夜の心に巣くった罪悪感や後悔というのは消えてなどいない。きっと、この先何年経っても死ぬまで消えることはないのだろう。
だから、時々こうして思い出してしまうのだ。
夏希に知られたら怒られること間違いなしだから、顔には出さないようにしているのだが。
「どうしたの、夜。思いつめた顔して」
「いや、なんでもない」
一見、誰にも気づかれなさそうなのに、それでも気付いて心配してくれるのは幼馴染だからだろうか。まぁ、何年も一緒にいれば些細な変化にも気付くのかもしれない。
「……って、何してるんですか梨花さん」
「何って見たらわかるでしょ? 手伝ってあげようと思って」
いつの間に移動したのか、気付けば横で包丁を握っている梨花。
その瞬間、夜の額には大量の冷や汗がにじみ出る。
「手伝いとかいらないから俺一人でいいから寧ろ俺一人がいいし邪魔だから勉強しててくれ頼むから」
「なんでそんな早口なの。それに、邪魔って……」
流石の邪魔者扱いにショックを受ける梨花。まぁ、気持ちはわからないでもないが夜はそれどころではない。
だって、梨花が手を出せば料理は壊滅的なものへと変貌する。それだけは絶対に阻止しなければいけないのだ。そう、絶対に!
「いいからその包丁を置いてあっちに行っててくれなんなら俺の部屋にある漫画とか読んでてもいいから頼むから手を出さないでくれ」
「むぅ、わかったわよ。元気づけてあげようとしただけなのに……」
梨花の心遣いは嬉しい。だが、それはそれ、これはこれというやつなのである。下手をすれば死活問題なのだし。
そんなこんなで梨花は不貞腐れつつも夜の部屋から持ち出した漫画を読み、カレー作りも終わりひと段落ついたころ。
「ただいま~」
「「おじゃましま~す」」
あかりと夏希、瑠璃がやってきた。どうやら、勉強会は終わったようだ。
「おにいちゃん、わたし頑張ったよ!」
「ナイト、僕も頑張った!」
「おう、お疲れ。部長もお疲れ様です」
「夜クンこそお疲れ……とはいえないかな……」
瑠璃の視線につられて目をやると、そこには漫画を読む梨花の姿が。
「夜クン? 勉強を教えるって話は?」
「すみません忘れてました」
正確には、梨花が料理を手伝わないように必死で勉強会のことなど記憶からすっぽ抜けていただけなのだが……言い訳にもほどがあるだろうしわざわざ言葉にする必要もないだろう。弁解の余地はないのだし。
「まぁ、初日だしね。夜クンもご飯を作らなきゃだったし明日からは頑張ってよ?」
「善処します……」
「ねぇ、おにいちゃん。今日のごはんは?」
「カレーだよ」
「やったぁ、ナイトのカレーだぁ!」
喜ぶ夏希を横目に、夜はカレーを盛り付けるためにキッチンへと向かった。
なんだかんだあった勉強会初日はこうして終わりを迎え、五人はカレーに舌鼓を打つのだった。
~あとがき~
ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。
さてさて、毎日投稿五日目となったわけですが……例の如く今回も全部書き直しましたよ。どういうことなんですかね。でも、少なくとも前のよりは辻褄もあっているだろうし無理矢理感も若干緩和されたかなと思うと書き直してよかったと思えるんですけど。それに、全部書き直しに慣れてきた自分がいますし……。
今回の話を読んで、中には「おいおい、まだ宿泊研修のこと気にしてんのかよ、夜」と思う方もいるかもしれませんが、きっとこの先も気にし続けると思います。でも、それが夜の美点だと思うのでそんな夜さんを応援してやってください。
そんなわけで、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
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