ちょっとした約束
まるで部室を逃げるように後にした夜と梨花付かず離れずの距離で目的地――夜の家へと向かっていた。
「ね、ねぇ、夜。聞きたいんだけど……あかりちゃんのことどう思ってる?」
「どうって言われてもな……。ただの妹?」
「ふ、ふ~ん……そっか……」
どう思っている? という質問は難しいだろう。好きか嫌いか問われているわけでもないし、そもそも「どう」が何を指し示しているのかわからない。
それ故に夜の返答もあいまいなものとなってしまったが、満足したのか梨花はそれ以上追及してこなかった。何故か梨花の頬が緩んでいたが、その理由は梨花にしかわからないだろう。
そんなこんなで歩いていると、気付けば目的地に到着していた。時間というのはあっという間に過ぎるというが、本当にそうかもしれない。
どこにしまったっけ? とズボンの右ポケットをがさごそ。あれ? ないな……と左ポケットをがさごそ。あ、そういえば落としたら困るから鞄の中に入れてたんだったと鞄の中をがさごそ。
お目当ての鍵を取り出し、鍵穴へと差し込む。くるりと鍵を回せば、付いているストラップがゆらゆらと揺れる。
「……ん? ねぇ、夜。そのストラップどうしたの? その……ペアストラップでしょ? それ……」
目に留まったのか、梨花が気になって疑問を声にする。
確かに、夜が鍵に付けているストラップは二つ合わせると一つの形を作る俗にいうペアストラップというものだ。
「あぁ、これか? なんかあかりが勝手に付けてたんだよな。あかりが持ってる合鍵の方に片割れが付いてるはずだ」
「そうなんだ……」
あかりにストラップをつけられた時、肌身離さず持っておいてと言われたのだが……どういう意図でそんなことを言ったのかは未だにわからない。
とまぁ、そんなことはさておき。夜はドアを開け中に入り、梨花も夜に続く。
リビング直通の廊下を歩き、リビングへ到着。鞄をテーブルに置き、ブレザーを脱いでソファーの上へぽ~いする。制服の扱いが雑なのはご愛敬。
「さてと、それじゃ始めるか」
「う、うん……」
こくこくと頷く梨花を横目に、夜は鞄の中から筆記用具やらノートやら勉強に必要な道具を取り出し、梨花も他所様の家だからか恐る恐るといった様子で準備に取り掛かっている。
そんなわけで、勉強会が始まったのだが……。
「……うぅ、わからない……」
「……お前、どんだけバカなんだよ……」
頭を悩ませるだけ悩ませて、まったく進んでいなかった。
夜の言葉に何も言い返せないのは、反論する気力がないからか、はたまた自分の不甲斐なさを痛感しているからか。まぁ、おそらく両方だろうが。
夜がどう教えればいいんだろう……と悩んでいると。
「ねぇ、夜……」
「ん? どうかしたか?」
「私がもし赤点を取らなかったら……一つお願い聞いてくれる?」
「……わかったよ。それでやる気が出るならな」
大抵の人からしてみれば赤点は回避できて当たり前のことかもしれないが、梨花からしてみれば大変なことなのである。
どんな願い事を言われるかわからないし、ぶっちゃけ受ける義務もないのだが、やる気を出して勉強をしてくれるならそれに越したことはないだろう。
「ほんと? ちゃんと言質とったからね?」
「ほんとだって。男に二言はない」
内心、男だって二言や三言いってもよくない? あのことわざ差別じゃない? と思いつつちらりと時計に目を向けると六時十二分を示している。
「時間も時間だし、そろそろ作るか……」
「わ、私も手伝ったほうがいい?」
「いや、いい。俺一人でいい。やらなくていいから勉強しててくれ。赤点回避しなきゃいけないんだろ?」
「あ、当たり前でしょ! 約束忘れないでよね?」
やる気を漲らせ、ノートとにらめっこを再開する梨花を横目に、夜はほっと安堵の息を漏らした。
梨花は気付いていないだろうが、夜が梨花の手伝いを拒んだのは優しさではない。
単純に、手伝ってもらいたくなかったからだ。
だって、幼馴染故に梨花が極度の料理下手だということを知っているから……。
「……頑張れ」
たった一言だけぽつりとそう呟き、夜はキッチンへと向かった。
~あとがき~
ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。
時々書く、気が向いたときに書くと言っていたあとがきですが、結局毎回書いてますね。毎日投稿三日目です。
ちょっとだけ書き直すって言っといて殆ど書き直してるんですが……あれですね、これ毎日続けるんですか? ぶっちゃけ超つれぇよ……。
まぁ、そんな泣き言言ったって無意味ですしそもそも俺が始める言ったのに勝手にやめるわけにはいかないですから、密かに応援してください。その応援が励みになります。きっと、たぶん、そうきっと。
梨花が可愛いと思ってくれれば作者冥利に尽きるといいつつ、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
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