掴みしは紛れもない証拠

「証拠ならあるさ」

「はぁ? そんなわけないでしょ?」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる夜とは対照的に、亜希の顔に浮かぶは人を小馬鹿にする嘲笑だった。


 だって、証拠なんて絶対にないのに、あると言い切る夜が哀れで哀れで仕方がなかったから。


 盟友が辛い目に合って気が気でいられないからといって、まさか言いがかりをつけるとは思わなかったのだ。


 バカだなぁ、哀れだなぁ、と亜希が笑う、否、嗤うのは仕方のないことなのかもしれない。いじめを悪と思わず、平気でナイフを振り回す人間からしてみれば。


 だが、夜の証拠を持っているという発言を意にも介していないのは亜希だけで、茜音と舞は違った。


 元々、いつバレるのだろうかと不安で不安で仕方がなかったのだ。


 そんな矢先、いきなり証拠があるなんて言われたら驚くのは言うまでもなく、恐怖に陥り怯えるのは最早当然のことだろう。


 そんな三者三様――ある意味では二者二様だが――の反応を見せる三人を横目に、夜が取り出したのは……。


「もしかして、あんたの言う証拠ってそのスマホ……?」


 夜自身のスマホだった。


「そうだけど……笑うほどおかしいか?」

「当たり前でしょ!? それのどこが証拠だっていうのよ!」


 あくまでも自分自身のスマホを証拠という夜に、亜希は益々おかしいと言わんばかりに嗤う。


 口には出してはいないものの、内心では馬鹿だと思っている。


 だって、そうだろう。どんな証拠が出てくるのかと思えば、まさかのスマートフォンだ。


 スマホで思い当たる証拠と言えば、写真や動画などが上げられるが、それは実際にその場にいないと得ることの出来ない証拠である。


 夜がその場にいたのなら確かに有力な証拠がそのスマホには納められているのかもしれない。だが、残念なこと夜は絶対にその場にはいない。


 つまり、証拠なんてあるわけがないのである。


 だというのに、自信満々にドヤ顔――夜にそんなつもりはないが亜希にはそう見えているというかそうとしか見えていない――で証拠だと言い張っているのだ。滑稽なことこの上ない。


「まぁ、別に俺のことをどう思おうがいいんだけど……その余裕の表情はいつまで続くんだろうな」


 亜希に小馬鹿にされていることに気付かない夜ではない。


 散々虐められてきて、悪意という悪意を向けられ続けてきた夜からしてみれば、他人にどう思われているのかなんて容易に想像がつく。


 相手の考えていることがわかる超能力者というわけではないから、あくまでも想像ではあるが……これでも中々の的中率を誇っている。だって、大抵の場合が亜希のように見下してくる奴ばかりだから。


 しかし、そんなことに一々激昂する夜ではない。慣れとは怖いもので、自分、、に対する悪意や敵意に対して怒りが湧かないのだ。あくまで、自分、、に対する悪意や敵意には。


 別に、自分がどう思われようがどうだっていい。だが、夏希を泣かせてくれやがったことに関しては許すつもりは更々ない。あるわけがない。


 だからこそ、夜は一切の遠慮なく証拠となる音声、、を流し始めた。


『はぁ、めんどくさ。でも、簡単に騙されるとかマジウケるんだけど~。そう思わない?』

「そ、それって……」

「心当たりあるよな? 何せ、自分の発言、、、、、なんだから」


 夜のスマホから流れ出した音声。それは、昨夜の亜希達の会話だった。付け加えるならば、夜が部屋を出てから、、、、の会話である。


 実は部屋を出た後、有力な情報を掴めるかもしれないと思い録音をしていたのだ。


 まぁ、尻尾をつかめればいいくらいに思って行った録音がまさか証拠に繋がるとは思いもしなかったが。


『ね、ねぇ、亜希っち。やっぱりあれはやり過ぎだったんじゃないかな……?』

『はぁ? 何言ってんの?』

『私も、あれはやり過ぎだったと思う……』

『謝って許されることじゃないとは思うよ? でも、ちゃんと謝った方がいいんじゃ……』

『舞っちの言う通りだよ。今すぐ謝らないと……』

『何で謝らなきゃいけないのよ。あいつだって怪しんではいるんでしょうけど証拠がなければあたしたちがやったことにはならないのよ? どうして自分からあたしがやりました~なんて言わなきゃいけないの』

『で、でも……』

『それに、あたしだけじゃなく二人とも同罪だからね?』

『そ、それはそうかもしれないけど……』

『このこと誰かに言ったりしないわよね?』


「……もう十分だな」


 録音された会話はまだ続いているが、夜はスマホの電源を落とし再生を止めた。


 だって、もう十分、否、十二分な効果を発揮してくれたから。


 舞と茜音はおろか、亜希ですら余裕綽々といった態度はとっくの間に消え失せており、浮かんでいるのは嘲笑ではなく冷や汗だった。


 だが、それも当然のことだろう。


 自分達の会話の録音という、言い逃れの出来ない証拠を突き付けられたのだから。


「……何か言いたいことは?」

「た、確かにあたしらの声だけど……朝木さんに何かしたって証拠にはならないでしょ!」


 亜希の言う通り、三人の会話であることは間違いではない。だが、夏希に対して何かをしたという発言自体はないのだ。


 夜が問い質した後の会話だから、間違いなく夏希の件についての会話だ。だが、録音されている会話だけでは誰かしらに色々やったのはわかるが、夏希に対して色々やったとはわからない。


 つまるところ、証拠としては成り得ないのだ。


「それに、人の会話を盗聴どころか録音とか犯罪じゃないの?」


 論点をすり替えることで余裕をちょっとばかしは取り戻したのか、少しずつ笑みが戻り始める亜希。まるで、ざまぁと言わんばかりの表情である。


 盗聴や無断での録音が犯罪に当たるかというと……実は犯罪にはならないのである。


 だが、盗聴の場合は部屋に侵入して盗聴器を仕掛けたりと不法侵入などで犯罪に問われ、録音の場合は悪用するなどして犯罪に問われてしまう。


 それ故に、盗聴や無断での録音自体を犯罪と認識している人が多いのだ。まぁ、実際その認識で問題はないのだが。


 だから、録音自体は犯罪ではない。だが、証拠として突き出したという行動を亜希達が警察に脅されたとでも通報すれば夜は晴れて犯罪者というわけだ。


 だから、亜希の発言もあながち間違いではないのである。


「まぁ、確かにこれだけじゃ証拠にはならない」

「そうよ。だから、あたしらは何もして……」

「けど、これを聞いて皆が皆お前のようにしらばっくれると思うなよ?」

「は? 何言って……」


 夜だって、録音された会話だけでは亜希が自分の非を認めるとは思っていない。


 だから、賭けたのだ。


 罪悪感に苛まれた二人が取るであろう行動に。




~後書き~

 ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。

 さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけましたか? ……とは言ってみたものの、楽しめるようなシーンではないんですけどね……。

 夜が退室した後の会話、実は陰でこそこそ録音していたんですね。

 勿論、狙ってやったわけではなかったのですが……夜さんナイスプレイですね。

 因みに、作中でも書きましたが、調べてみたところ盗聴や隠し撮りなどは犯罪には当たらないようです。しかし、不法侵入してカメラや盗聴器を取り付けたり、撮ったものを使って脅したりと前後の行動が犯罪となり結局は捕まるようです。本当かどうかは疑わしいので皆様は絶対にしないように。絶対にだぞ!?

 そんなわけで、今回はこの辺で。

 それでは次回お会いしましょう。ではまた。

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