あまりにもやり過ぎな行為

 あかり達の目の前には、クラスメイトである亜希達が歩いていた。


 本来、道中で別のグループの人とは鉢合わせしないように出発の時間をわざとずらしているのだが、何故か亜希達と鉢合わせてしまったあかり達。


 少し話し込んでしまったとはいえ、それほど長い時間マーガレット畑に立ち止まっていたわけではないはずなのだが……。


 しかし、別に鉢合わせしたところで何の問題もないだろう。


 人によって歩く速度なんて違うし、出発時間をずらしたところで絶対に鉢合わせないなんて確証はない。だから、ウォークラリーが始まる前の説明でも鉢合わせたときについては特に何も言っていなかったし、協力しても問題はないのだろう。


 だが、それは仲がいい友達同士が鉢合わせたときの場合だ。


 あかり達と亜希達はクラスメイトではあれど、別に仲がいいというわけではない。普段から話していたりと仲がよければ一緒にゴールを目指そうとなるかもしれないが、特に校友がないのならスルーするのが最適解だろう。


 だから、お互いに言葉を交わすことなくすれ違ったのだが……。


 あかりは真っ先に抱いた違和感を確かなものにするべく、声を掛ける。


「……ねぇ、夏希は?」


 あかりが何故違和感を抱いたのか。それは、夏希の姿が見当たらない、、、、、、からだ。


 亜希達三人と夏希は同じグループだった。


 グループ行動が必須なウォークラリーで、まさか別行動をするとは思えない。


 例え、どれだけ嫌な相手と同じグループになったとしても、夏希が決まり事を疎かにするような人間でないということを、あかりはよく知っている。


 だって、夜の傍にいれば嫌でも視界に入ってくるのだから。


「あぁ、朝木さんならリタイアしたわよ? 今頃部屋で休んでんじゃない? ね?」

「う、うん……」

「そ、うだね……」


 飄々としている亜希と、何故か歯切れの悪い舞と茜音。


 あかりは不審に思いながらも、わかったとだけ言い残し美優と志愛とともにギルドへと向かった。


 そんな三人の背中を眺めながら亜希は。


「ま、休んでるのは部屋じゃなくて樹の下だろうけどね」


 下卑た笑みを浮かべながら歩を進めた。




 夏希はただ一人、その場に蹲っていた。


 周りには鬱蒼と生い茂る草花と樹木のみ。


 太陽の光は一切届かず暗闇とまではい管区とも視界は最悪な場所にいた。


「っ……」


 立ち上がろうとすれば、捻りでもしたのかズキンと痛む足首。


「……うぅ、誰か……」


 誰かいないか呼びかけるも、当然の如く返事はない。


「……ナイトぉ……」


 大切な人を呼んでみるも、勿論返答はない。あるわけがない。


 ただ、静かな森の中に溶け込むようにして消えていくだけ。


 どうして、一人になってしまったのか。


 どうして、足をくじいてしまったのか。


 どうして、こんなことになってしまったのか。


 それは、亜希達があかりと合流する前、冒険者ギルドに到着する前まで遡る。




 亜希達は無性にイライラしていた。


 面倒くさいや怠いなどの積もり積もった不満が耐え切れず、爆発してしまったが故に生まれた感情。


 発散するためには人それぞれ方法があるだろうが、中には物や人に八つ当たりをして発散する人もいる。


 どうやら、亜希達もその一人、否、その三人だったようで。


 イライラを解消するべく、夏希に何かしてやろうと画策していた。


 ここは森の中、ましてや周りに自分達以外の誰もいない。となれば、誰にもバレる心配はないというわけだ。


 夏希が夜に泣きついたり先生に報告したりする可能性は大いにあるだろうが、証拠がなければいくらでもはぐらかすことが出来る。


 つまり、今の状況は亜希達にとって都合がよすぎるのだ。


 どうしてやろうか……と亜希が思案していると今通っている道の横がちょっとした崖になっていることに気付く。


 崖と言ってもそこまで断崖絶壁というわけではなく、かなりの傾斜はあるが頑張れば登って来れるであろうレベルの急な坂みたいなものである。といっても、高さはそこまでないのだが。


 その崖? 坂? を見て、亜希はまるでいいこと思い付いたと言わんばかりににやりと笑うと。


「舞、茜音、ちょっとあれ見てよ」


 そう言って、その崖もどきの下を指差す。


 そんな亜希の言葉に釣られて、なになに~? と興味本位故に指差す方向を見やる茜音と舞。


 誰もが一つのものに集中していると、傍からしてみれば無性に気になってしまうもの。仲間外れを嫌がる人間としては当たり前のことだ。


 故に、夏希も恐る恐る亜希の指が指し示す場所へと視線を転じる。


 しかし、当然そこには何もない。


 だって、亜希のその行為は、夏希を誘導し注意力を散漫させるためだけの罠なのだから。


 夏希はどんと背中を押された。


 言わずもがな、犯人は亜希である。


 背中を押された夏希は体制を崩し、ゴロゴロと転がり落ちていく。


 咄嗟に身体を捻ったことで頭から落ちるようなことにはならなかったが、下手をすれば死に至ることだってある。何せ、頭の打ちどころが悪ければ二メートルの高さでも死んでしまうことだってあるのだから。


 それ故に。


「あ、亜希っち……?」

「ちょっと亜希! 何してるの!?」


 亜希のあまりにもやり過ぎな行為に、慌てふためく茜音と舞。寧ろ、当たり前の反応と言えよう。


「何って、見たらわかるでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「流石にやり過ぎでしょ!?」

「茜音と舞だってあいつにはムカついてたんでしょ? なら別にいいじゃない」


 亜希の言葉に、何も言い返せない茜音と舞。


 確かに、ムカついていたのは事実で、イライラしていたのも紛れもない事実だ。今更、夏希の身を案じるとかお門違いもいいところだろう。


「ま、この高さなら平気でしょ? ほら、行くわよ」


 それだけ言い残し、亜希はそそくさと歩き去る。茜音と舞も夏希の安否に不安を覚えつつも、亜希の後を追って行った。


 そうして、今に至る。


 運が良かったのか、はたまた奇跡でも起こってくれたのか。目立った外傷はなく唯一痛むのは転がっている途中にくじいたのであろう足首だけ。


 しかし、何もせずとも痛むため、当分歩けそうにないことは確かだった。


「……たすけて、ナイト……」


 やはり、返事が届くわけもなく。


 夏希の声はガサガサと揺れる不穏な草木の音にかき消された。

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