予想外かつ大胆な妹の行動
「おにいちゃん、背中流しに来たよ?」
夜が声の聞こえた方へと視線を動かせば、そこにはあかりが立っていた。
平気な顔……というかさも当然と言いたげな顔をして。
一糸纏わぬとまではいかなくとも、バスタオル一枚に身を包んだ姿で。
予想、予測出来ていたとはいえ、まさか本当に来るとは思ってもいなかったあかりの登場に、夜は驚くよりも先に呆れたようにため息を吐いた。
夏希が部屋にいるかどうかを確認したときに、美優が何かを言いたげだったが、どうやらあかりもいないということを伝えたかったようだ。
それに、夜の入浴時間を聞いてきたときから薄々勘付いてはいた。
何よりも、あかりは暖簾をくぐるとき、「またね」と言っていた。つまりは元から覗く気満々だったということだろう。まぁ、まさか乗り込んでくるとは思ってもいなかったのだが。
あかりならやると思ってた……という呆れ半分、気付けばあかりが変態になってる……という呆れ半分……あれ? 呆れてしかいないような……。
兎にも角にも、あかりが堂々と覗きに来た――もはや覗きじゃないような気もするが――ということに変わりはなかった。
正直、大声を上げて助けを呼んでもいいのだが、あかりが覗きに来たと言って信じてもらえる保証はない。
こういう時、男の立場というのはどうしても弱くなってしまうもの。男性が女性に少しでも振れればセクハラとバッシングを受け、女性が男性に触れるのは恋愛などにも用いられるボディタッチに分類される。それと同じようなものだ。
まぁ、後者の場合でもセクハラとなるのだが、たったそれだけのことでセクハラとか……と思う人は少なからずいるだろう。
まぁ、そんなことはさておき。
男の立場が弱くなってしまうこの状況では、夜があかりを男湯に連れ込んだということになる可能性も存在してしまうのだ。
生憎と、現場を見ていた者はいない。まぁ、いたら困るのだが、現場の状況を話せるのは当事者である夜とあかりのみ。聞いたその人がどちらの言い分を信じるかは……推して知るべし。
「……あかり、そのまま部屋に帰る気は?」
「ないよ?」
「だろうな、そうだと思ったよ……」
あかりに部屋に戻る気はさらさらないということは聞かなくともわかること。
それでも、限りなく低い可能性に賭けたのだが……やっぱりソシャゲのガチャと同じく低確率が当たるなんてことはないようだ。下手な鉄砲も数撃てば当たるとは言うが……一回きりのぶっつけ本番ともなれば当たらないのは当然かもしれない。
「はぁ、それじゃあ俺は上がるから」
もう少し入っていたかったが、そうも言っていられない様子。
すぐにでもこの場から立ち去るべく、立ち上がろうとして……ふと気付く。
あれ? このままだとあかりに裸見られるんだけど……と。
あかりのようにバスタオルを巻くなりなんなりすればいいのだが、生憎とバスタオルは脱衣所にある。入るのは一人だけだし、タオルで隠す必要ないと思っていたが故に。
しかし、その考えが仇となり、この場から立ち去るためにはあかりに裸を見られてしまうことに。
流石に、異性に裸を見られるのは恥ずかしすぎるし、そもそもの話嫌だ。例え、あかりが妹だったとしても、恥ずかしいことにも嫌な事にも変わりはない。
家族だろうが恋人だろうがそんなのは関係なく、羞恥心くらいあるだろうし、見せたくないと言う気持ちも少なからずあるだろうし。
このまま妹と一緒に温泉に浸かるか、はたまた妹に裸を見られてでもこの場から立ち去るか。ある意味では究極の選択かもしれない。
「あかり、バスタオル持って来……」
「やだよ?」
「ですよね……」
あかりにバスタオルを持って来てもらえれば、裸を見られる心配なくこの場から立ち去るもとい逃げることが出来ると思ったのだが……案の定というかなんというか、やはり断られてしまった。
まぁ、これもわかりきっていたことである。家でならまだしも――勿論御免被りたいが――わざわざ宿泊研修で訪れた宿泊施設の温泉にまで乗り込んで来たのだ。是が非でも夜と一緒に温泉に入りたいあかりが、バスタオルを持って来てくれるわけがない。
「……勝手にしてくれ……」
「うん、そうする!」
自分なりに考えた結果、夜は諦めることにした。
羞恥心さえ気にしなければ、強行突破することは可能だろう。だが、その代わりに失うものがあまりにも大きすぎる。
きっと、家族になら裸くらい見られても構わないという人も中にはいるのだろうが、めっちゃ構うのである。
裸を見られるわけにはいかない、ということはここから逃げ出すことは出来ないというわけで。
あかりが満足するまで、夜は為すがままにされるしかないというわけだ。
運がいいことにここは温泉、ホテルにある温泉や銭湯並みの広さではないにせよ、それなりの広さではある。だって、一クラスの男子生徒が二十人くらいが入れる広さなのだ。
故に、あかりと距離を離すことが出来るというわけである!
まぁ、そんなことをあかりが許すわけもなく……。
「どこ行こうとしてるの? おにいちゃん」
にこやかに微笑みながら腕を掴まれた。勿論、目は笑っていない。
ここであかりに逆らうのは死を意味する。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、何も本当に死ぬとは言っていない。いや、その可能性も否定出来ないのだが、この場での死は社会的な死である。
例えば、あかりがここで大声を出したとしよう。とすれば、あかりの悲鳴を聞いた誰かさんがこの場に乗り込んでくる。そうしてこの場を見れば、先程と同じ状況の完成というわけだ。
つまり、裸を見られたくないという羞恥心を捨て、即座に逃げなかった時点で、夜は詰んでいる、否、詰まされてしまったのである。
夜はおとなしくその場に座り込んだ。それしか選択肢が残されていない故に。
あかりに大声を出されても構わないから逃げるという選択肢だってあるにはある。
だが、あかりが夜が逃げ出した時のためにどこかにカメラを設置しているとも限らない。考えすぎかもしれないが、可能性がたった一
〝考え過ぎ〟――ゲームで例えるならば一種のスキル――は長所にも短所にも成り得るものだが、今回は短所として発動してしまったらしい。一度、その可能性を考えてしまえば、人は迂闊に行動が出来なくなる。
つまり、夜は自らの手で最後の選択肢を無くしてしまったらしい。まぁ、単なる自滅である。
「……それで、どんな理由があって男湯に乗り込んで来たんだ?」
「おにいちゃんと一緒に入りたかったから?」
「本当にそれだけか?」
正直、一緒に入浴したいというのならこれまで何度も機会があった。あかりと一緒に過ごし始めてから今日に至るまで、約二週間もの猶予があった。
だというのに、あかりは今日乗り込んで来た。
普段とは違う雰囲気だから。普段とは違う場所だから、というのもあるにはあるのだろう。だが、夜には他にも何かしらの理由が存在するとしか思えないのだ。
あかりは迷いながらも、本当の理由を打ち明けるためにその口を開いた。
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