第11話 ネコ魔王と被害者の会の設立?

 王の間で私はトラジ様を抱っこしてナデナデして尻尾を嬉しそうに振るのを見て癒されていた。


 その様子を眺めるニャー様が半眼でトラジ様と目線を合わせるとトラジ様が弱々しくニャァ……と鳴くのを聞いた私が首を傾げるとニャー様が私に話しかけてくる。


「レティス、トラジを離してやるにゃ」

「えっ? どうしてですか? トラジ様もこんなに尻尾を振って喜んでます」


 私の言葉にトラジ様とリンクするように疲れたような鳴き声を洩らすニャー様。


「尻尾振って喜ぶのはイヌにゃ。ネコは不機嫌な時にゃ」

「そ、そんなてっきり喜んでくださってるとばかりに……」


 驚愕な表情を浮かべる私は名残惜しさを隠さずにトラジ様に全開で頬ずりをしてから手を離すと脱兎の如くの勢いでトラジ様が王の間から飛び出して行かれた。


 逃げるトラジ様を見つめるニャー様は「やれやれにゃ」と呆れるように言った後、私を見上げてくる。


「勘違いしてるのだろうとは思ってたにゃ。それと喜んでたのはトラジでなくレティスにゃ」


 肉球を突き付けてくるニャー様を恐れるように私は仰け反る。


「け、決してそんな私情に流された想いは……ただただトラジ様への奉仕の精神……」


 目を背けながらも声音を強めて言う私を疑わしそうに見つめるニャー様がマントの裏に手を突っ込んでティッシュを取り出す。


「そろそろ鼻ティッシュの交換時にゃ?」

「あ、有難うございます、ニャー様」


 ニャー様に真っ赤になったティッシュを抜いて貰い、ネジネジされたティッシュを詰め込んで貰う。


 スッキリしたと顔を上げるとニャー様が真っ赤になったティッシュを私の眼前で振ってみせる。


「物的証拠にゃ?」


 私は目を見開いてニャー様を見つめる。


 は、計られた!?





「まあ別にレティスだけを責める気があった話じゃないにゃ。最近、部下達から意志疎通が出来ないせいで生まれる勘違いで困ってるという話が上がってるにゃ」


 四肢を付いて凹み続ける私の肩にポンと肉球を当てるニャー様。


 ちょっと追い詰め過ぎたと思ったニャー様が先程からポンポンと叩いてくれている。


 実の所、たいして落ち込んでる訳ではなかったがニャー様に心配されるのが嬉しくて落ち込んだ振りを続けていた。


 肉球も気持ちいいし?


 息が荒くなりそうを必死にひた隠しにして私は耐える。


「もうそろそろ立ち直るにゃ……レティス、お前、実は落ち込んでないにゃ?」

「いえ! 目茶苦茶に落ち込んでます!」


 もう少し、この幸せを享受させてぇ!


 神だろうが悪魔だろうがと願っているとニャー様が私の俯いている先の地面に肉球を示す。


「じゃ、どうして鼻ティッシュで吸収しきれなくなった鼻血が垂れてるにゃ?」


 息を抑える事に必死になっていた私は目の前の状況変化すら気にしてなく言われて初めて小さな水溜り、もとい、血溜りが出来てる事に気付いた。


「こ、これはそう! 血ではなく青春の汗です!」

「レティス、色々アウトにゃ……」


 ニャー様は可愛らしいお口で深い溜息を零した。




 しばらく必死の言い訳をしても無駄という結果に落ち着いて鼻ティッシュの交換が済んで私はニャー様とやっと話す体勢になった。


「先程も言った部下から苦情が上がってるにゃ。話せるニャーであれば問題はないが……意志疎通を促進する手段を考えるにゃ!」

「了解しました。このレティス、粉骨砕身の想いで邁進する所存でございます!」


 敬礼した私は立ち上がると王の間を走って出て行く。


 いきなり動き出した私の背で慌てた様子で肉球を上げたニャー様の姿があった事に気付く事はなかった。


「別にそこまで頑張る必要はないにゃ……もう聞いてないにゃ」


 色々、諦めた様子で最近、回数が増えている溜息をニャー様は吐いた。





 レティスが動き出した頃、魔王城の入口で魔王軍一の苦労人ペーター少年が面倒な来訪者に頭を抱えていた。


「ちょっとだけでいいから入れてって言ってるだけでしょ!」

「だから、何度も言いますけど貴方は敵国の姫君なんですよ? 自分の立場を理解してます?」


 ペーターの前には金髪のショートヘアのペーターと同じ年頃の可愛らしい少女、レティスの妹のターニャが腰に両手を当てて怒ってますと表現するようにおでこがぶつかる距離までにじり寄っていた。


 最初は同じ年頃の可愛い少女が一歩踏み出せばキスが出来る距離に詰め寄られて照れを見せていたペーターであったが現在は慣れてしまってウンザリした表情を浮かべていた。


 どことなく姉妹と良く分かる顔立ちであるせいか、普段からレティスに振り回されて耐性を獲得していたらしいペーターは照れより不幸だと悲しみ始めていた。


 これからもこの姉妹には振り回されそうな予感しかしない為であった。


 慣れた理由の1つにこのやり取りを既に1時間はしていたという理由もあったりする。


 もうっ! と憤慨した様子のターニャがペーターから離れると嘆息する。


「肝っ玉が小さい男ね? 非武装ならいいでしょ!?」


 そう言うとペーターが止める間もなくワンピースの胸元に手を突っ込んで片っ端から取り出して脇に置いていく。


 これでもかと出していくのをペーターは目を点にして見守る先のターニャの両脇に小さい山が出来ていた。


「……どうやって仕舞ってるの?」

「ちょっと黙っててくれる? まだあるから」


 まだあるの? と驚くペーターを無視したターニャがワンピースのスカートを振るとドサドサと音を鳴らして落ちて行く武器の数々に口があんぐりと開く。


 スカートを振っても出なくと一仕事したとばかりに額を拭うターニャ。


「これで全部よ。これで安心でしょ?」

「うん。でも違う意味で不安にもなったけどね」


 本来なら止めないといけない立場である事はペーターも分かっているが諦める事にした。


 多分、このやりとりを延々に続けて夜になる予感がヒシヒシしたうえに次の日も継続すると感じた為であった。


「まあ、魔王軍にたいした被害は出ないだろうけど……」

「いいなら、さっさとお姉ちゃんのところに案内して!」


 はいはい、と肩を落とすペーターは背中を押されるようにして魔王城にターニャを連れていく。


 深い溜息を零すペーターは先程、言いかけた言葉を新しい溜息と共に洩らす。


「きっと僕には被害はあるんだろうな……」


 どこで人生を間違ったのだろうと悩む少年、ペーターであったがそれがレティスに認識されてからだという事実からソッと目を逸らした。

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