第10話 ネコ魔王とにゃんこ飯

 私は難しい顔をして市場へと続く道を歩いていた。


 それは、隣には嫌そうな顔をしたペーターを連れているからであった。


 王都にいる頃は、私と一緒に行動したがる男が腐るほどいたのに何が不満なんだろう?


 実際には隣を歩いた男など肉親を除けば誰もいない。つまり、肉親以外で初めて私の隣を歩く事が出来た果報者なのだ。


 これでも人並にモテたと思うのだが……


 まあ、私が選別してた訳ではなく、とあるシスコンに薙ぎ払われて隣に到達出来た者がいない為であるが……


 嫌そうな表情を解除しないペーターが私を見上げてくる。


「はぁ……あの~レティス様? 僕、これでも忙しいんで帰って良いですか?」

「なっ! それは困る。お前がいないと私は本当に困る」


 思わぬ言葉に狼狽する私。


 人の好みは様々であろうが男が女と一緒にいるのを嫌そうにするのが有り得るのだろうか……ハッ! まさか……


「ペーター、もしかして、お前は男色の気があるのか? 言われてみれば男好きする可愛い顔に見えなくも……」

「や、止めてくださいねっ! たまに勘違いして声をかけてくる人いるんですからっ!」


 顔を真っ赤にして小声ではあるが必死に訴えてくるペーターを遠い人のように見つめる。


 既に口説かれ経験済みだったか……


 私の視線に感じるモノがあったらしいペーターがコホンと咳払いをして話しかけてくる。


「お前がいないと困ると仰いますが、どうせ名前が分かる人が僕だけだったからでしょ? 詰め所には僕以外にも沢山いましたし?」


 なんて失礼な事を言う! 私だってお前以外にもちゃんと覚えているヤツはいる!


 片手を広げてペーターに見せつつ、指を折っていく。


「まずはドドンだろう? そして……ペーター……むむむ!」

「えっ!? 僕を含めて2人だけ!? しかもドドンさんはあの場にいませんでしたよね?」


 2本、指を折って止まったのを見て軽く涙ぐむペーターが私を憐れみを込めた目で見つめてくる。


 ま、不味い……馬鹿な子と認識されるではないか!


 頬を滴る汗を拳で拭い、口を真一文字に結んで顔を上げる。


「ニャー様だろ? トラジ様にキジタ様、アンゴラ様にバーマン様……」

「……もう、いいんですよ、レティス様……頑張らなくていいんです」


 必死に指を折っていく私の肩にそっと手を置くペーター。


 ふっ、馬鹿な子と思われるのは回避したようだな。


 しかし、何やら違う疑惑が生まれた予感がしなくもない。


 目元に浮かばせた涙を腕で拭ったペーターが優しげな光を宿した瞳で見つめてくる。


「それで僕は何をすればいいんですか?」


 何でも言ってくれ、と言いたげの優しい表情で私を見つめてくるペーター。


 事情は分からんがペーターがやる気になってくれた。結果オーライだ。


 鷹揚に頷く私はペーターを見つめて言う。


「これから私と一緒に『ねこまんま』を買う為に列に並んで……」

「すいません、急用を思い出しましたので、これで……」


 半眼で私を見つめたペーターが迷わず廻れ右して来た道を戻ろうとするのを襟首を掴まえて止める。


 ジタバタと暴れるペーターを引き寄せてスリーパーホールドを仕掛ける。


「どこに行く?」

「仕事ですよ! 何故、『ねこまんま』を買う為に僕がいるんです? 並ぶのが恥ずかしいとかじゃないですよね? 僕はレティス様が嬉しそうに並んでるのを何度も見た事ありますよ」


 そう、ペーターの言うように私は『ねこまんま』を良く食べにくる。


 『ねこまんま』、白米にブシをかけた上に味噌汁をかけた食べ物……見栄えは悪いが食べると意外といける。


 始まりは民達が朝の忙しい時間に掻き込むように食べているのをネコが欲しがったのであげたら酷く喜んだ事から普及した。


 ただ、人用の食事である事からネコの体に良くないらしく、時折ならともかく毎日あげるのは禁忌として民達の間で広まった。


 何故かって?


 ネコ達が『ねこまんま』を欲しそうにニャーニャーと鳴かれて平気でいられるクズがどれくらいいるという?


 いたら、そいつは心を失っている。


 それに耐えれず、やろうとする者を民同士で見張り合っている。それに摘発された者達には死より辛い刑罰が科される。


  『ニャン断ちの刑』


 ネコの鳴き声、存在は感じられるのに見る事も触る事も出来ない部屋に3日も閉じ込められる。


 中には発狂する者が現れる程の地獄がそこには待っていた。


 ちなみに普段、食べている程度の飲食の自由や特別に使役させられて強制労働させられるような事は一切ない。


 話は逸れたが、当然のようにニャー様もお好きである。


 食べて帰ると匂いがあるのかニャー様から近づいて来てくれるので私は週に7回は食べている今ではソールフードだ。


 今では『ねこまんま』を売る屋台は盛況だ。


 食べる民達も私と同じ理由であろう。


 分かる、同士だからな!


 しかし、盛況だからこその問題も発生していた。


「私がニャー様の『ねこまんま』を買ったら、誰が私のを買うんだ? だから、ペーターがいるだろう?」

「うわっ、くだらない! 仕事が一杯あるのにそんな事の為に? でも、終わるまでは帰らせてくれなさそうだから行きますよ……はぁ」


 ペーターは首を絞めるように逃亡を防いでいる腕を軽く叩いて外して欲しいとアピールしてくるので素直に外す。


 外されたペーターが軽く咳払いをした後、「人気ですから売り切れるかもしれません」と急ぎ足になるのに私は並ぶように歩く。


 そう、今では人気の食事になって売れるのが早い。


 そのせいで1人、1杯だけという制限がかかったので私はペーターを拉致、もとい、協力を要請した。


「まったく最初から素直に協力をすれば良いモノを……ペーター、お前にツンデレされても私は萌えないぞ?」

「はいはい」


 私にそう言われたペーターは疲れたように肩を竦めると更に歩く速度を上げて市場の奥、『ねこまんま』が売られている屋台がある場所へと向かう背を追うように私も速度を上げた。





「いや~レティス様。タッチの差でしたよ、今、最後の『ねこまんま』が出たところですよ」

「な、なんだと……ッ!」

「残念でしたね? さあ、帰りましょう」


 四肢を付けて固まる私に屋台のオヤジが申し訳なさそうに言ってくる。


 そのショックの受け方にさすがに可哀想に思ったらしいペーターが「1杯だけでも工面出来ませんか?」と聞くが首を横に振られる。


 ニャー様に買っていくつもりだった『ねこまんま』がぁ!


 ホロホロと涙を流す私をバツ悪そうに見つめたオヤジを声を上げたと思ったら指を差して話しかけてくる。


「あっ! あそこにいるお嬢さんに最後の1杯を売ったんですが、まだ食べておられないようですから交渉してみれば?」

「ど、どこだっ!」


 オヤジが指差す方向を見つめると黒いシャツに白いビスチェワンピースを着る金髪のショートヘアの見覚えがある少女がお椀を片手に空いてる手にはスプーンを握り締め、目を見開いてこちらを見つめていた。


「お、お姉ちゃん!?」

「……ターニャ!」


 我に返った妹のターニャが辺りをキョロキョロして叫ぶ。


「あのケダモノはどこ!?」

「落ち着け、まずは手にしてるものを傍にあるテーブルに置け……」


 良し、あそこにニャー様の『ねこまんま』がある!


 ジリジリと近寄ろうとする私にペーターが呟く。


「えっと、王国のスパイとして妹君が侵入してるとかは疑わないんですか?……まあ、僕もあの目立つ格好なうえに堂々とここでご飯を食べようとしてるようなスパイはないな~とは思いますけど……」


 スパイ? 関係ない。


 今、最重要事項はターニャが持つ『ねこまんま』だけ!


「まずはスプーンからそっと置け……」

「お姉ちゃん、愛してるぅ!」

「……この姉妹って意志疎通出来てるんだろうか?」


 冷静な意見を言うペーターの言葉に頷いたのは私やターニャでなく、何故か屋台のオヤジがとても残念そうに深々と頷いていた。

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