第8話 ネコ魔王と○派

 急ぎ、城に戻ったニャー様と私は玉座の間で部下の報告を待っていた。


 ジッと目を瞑って手と足を組みながらする凛々しいニャー様の横顔に興奮しつつ、私は考えを巡らせる。


 どうにも嫌な予感がする……


 自分の胸に挟むようにして仕舞っているモノを思い、これが役立つ展開にならねば良いのだが、と唇を真一文字にした。


 横を見れば、隙だらけに見えるニャー様を1度見つめて、報告に来るモノがまだ来てない事を確認する。


 来てない事を確認した私は胸に籠った熱い息を吐き出す。


「はぁはぁ、ちょっと悪戯しようかな?」


 胸はワクワク、手はワキワキさせて私はニャー様に近づいていく。


 鼻から熱い色の付いた汗が流れるのも気にせず手を伸ばす私の耳に駆けてくる人の足音を拾い、舌打ちする。


 予想通りにやってきたのは部下で最近、兵士になった小柄で私より3つ年下の13歳の黒髪のソバカスが僅かにあるピーターだったか、ポップだったかの少年であった。


 私は毅然に腕を振り払い、ポッターに怒鳴る。


「遅いぞ、ガッター!」

「……伝令のペーターです。眼中にないのは分かりますが毎日のように顔を会わしている僕の事ぐらい覚えてくれません?」


 うん、惜しかった。ニアミスで済まされるはず!


 とはいえ、毎日、各署の伝令でやってきて話す機会が多い少年、ペーターだったか、覚えておくようにしよう。


 何事もなかったかのように頷く私は報告を促すとペーターは私にハンカチを寄こしてくる。


「とりあえず鼻血を拭ってください。はぁ……どうせ、またニャー様に悪戯しようとしてたんじゃないんですか?」


 図星を突かれた私は顔を赤くし、それを見たペーターがやっぱりか、と言いたげな表情を浮かべてくるのを見て私はペーターのハンカチではなく自前のハンカチで拭う。


 知らない、とばかりにそっぽ向く私にペーターは言ってくる。


「いい加減にしないとニャー様に嫌われても知りませんからね?」

「えっ!?」


 今、何て言われた? ニャー様に嫌われる!?


「ま、まあ待て、悪戯なんてした事はないが、だ……万が一、ニャー様に嫌われたら……」

「それはともかく、王国軍の大将がやってきて……レティス様が馬鹿ばかりして話を聞いてくれないから来ちゃったみたいです」


 目の端に捉えた姿、黒いシャツに白いビスチェワンピースを着る金髪の少女の姿を確認する。


 ニャー様に嫌われない方法に集中したいところだが、どうも私が感じてた嫌な予感が的中したと頭を抱えようとした瞬間、一足飛びで私の背後を抜ける形で白いハンマーを振り上げてニャー様を目掛けて飛びかかる。


「――ッ!」


 出遅れた私であったが立ってた場所の床がひび割れる程の力で後方に飛び、ニャー様と金髪の少女の間に入り、聖剣で受け止める。


 私と鍔迫り合いをする少女が私に怒鳴る。


「お姉ちゃん、どいて、じゃないとそのケダモノ殺せない!!」

「止めなさい、ターニャ! お姉ちゃんの言う事が聞けないの!」


 そう、この子は私の妹のターニャ。


 王族の中でもっとも猪突猛進する王女として有名である事を思い出し溜息を零す。13歳になっても私にベッタリな情けない妹をどうしたらいいものやらと頭を悩ます。


 私に怒鳴り返されて怯む様子を見せたターニャを見て肩を竦める。


「まったく可愛い子なのにどうしてこうなんでしょう……」


 力づくと吹き飛ばすようにしたがターニャは空中で体勢を整えて危なげなく着地する。


「どいて、お姉ちゃん。そいつがいなくなれば、お姉ちゃんは帰ってくる!」

「それは聞けない話よ。ニャー様に忠誠を誓った身……帰りなさい、帰らずに駄々を言うなら……」


 聖剣を地面に突き立てる甲高い音を鳴らすと背後で「にゃにゃにゃ!」と慌てる声がする。


 その場にいた3人の視線が背後にいたニャー様に集まった。


 見つめられる事を知ったニャー様が肉球を振って尻尾をビーンと立ち上がらせる。


「ニャーは決して寝てなんかないにゃ! ホントにゃ!」

「……」

「……」

「ニャー様が寝てたのは僕が確認しましたから誤魔化しはききません?」


 そう突っ込むペーターがニャー様の口許を先程のハンカチで拭う。


 ワタワタしたニャー様がペーターに「口裏を合わせて欲しいにゃ? というか、この状況はどういう事にゃ?」と気持ちの切り替えの早いニャー様は首を傾げつつ、ターニャを見つめる。


 そして、フンフンと鼻を鳴らして嗅ぐようにしたニャー様の表情が驚きに染まる。


「こ、この匂いは……」

「ふふん! やはり気付いたわね。お姉ちゃん、私も神託を受けたの。ネコの天敵が何かをね!」


 ビスチェワンピースの中に手を突っ込むターニャを震える肉球で指すニャー様が震えながら声を洩らす。


「お、女、お前はイヌ派にゃ!!」

「そうよ! これを見よ!」


 ビスチェワンピースから取り出した白くてモコモコの手のひらサイズ生き物をターニャ―は掲げる。


 それを見た私は呆れるように肩を竦める。


「なんだ、何を出すのかと思えばターニャのペットのポチじゃない?」

「お姉ちゃん、何度言ったら分かるの? ポチはペットじゃない。お友達!」


 ギュッと抱きしめるのを見て首を振りながらニャー様に話しかける。


「家の妹が失礼しました。すぐに帰らせ……ニャー様!?」


 ガタガタと震えるニャー様が口をパクパクさせていた。


 するとターニャ―が嬉しそうに勝利宣言をしてくる。


「神託の通り、魔王はイヌに弱い! この勝負、貰った。お姉ちゃんを連れて帰る!」


 このままでは不味い!


 私は急ぎ、胸元から白い物体を取り出す。10cm程の棒状のものを取り出すとターニャ―に抱かれていたポチが飛びおり、私の下へと走ってくる。


「ぽ、ポチ!? ああっ! お姉ちゃん!」


 私が何をやろうとしてるのか察したターニャ―であったがもう止めるのは遅い。


 白い棒をポチの目の前で振ってやるとハァハァと荒い息を吐いて白い棒を見つめる。


 痺れを切らした絶妙のタイミングで私はその棒を窓の外へと放り投げる。


「取ってこい、ポチ!」

「わんわん!!」


 窓の外へと跳躍して走り出す。


 ターニャ―は悔しそうに私とポチを交互に見つめた後、ポチがいる方向へと走り出す。


「きっと、また来るからっ!!」


 捨て台詞を言うターニャを見送る私にニャー様を抱っこしたペーターが話しかけてくる。


「なんとなくなんですけど、あのポチってイヌ、ターニャさんよりレティス様に懐いているように見えましたね」

「そうなんだ。以前より私は興味はないのだが、やたらと擦り寄って来て困っていた……どうしてお前がニャー様を抱っこしている?」


 寄こせ、とニャー様を受け取ろうとするがニャー様がギュッとペーターに抱き着いて離れない。


「よっぽどイヌが怖かったみたいですし、しばらくは僕が抱っこしておきます」


 何故、私じゃない!


 これほどに愛しているのに!?


 キッとペーターを睨みつけるとビビったように顔を引き攣らせるのを見て呟く。


「この恨みは忘れんからなっ!」


 そう言った私は王の間から飛び出した。


 飛び出す私を見送ったペーターが溜息混じりに口を開く。


「姉妹揃ってままならないみたいですね……本当にそっくりな姉妹かもしれないですね、ニャー様?」


 廊下を走る私の耳に何かペーターが言ってたような気がしたが何も聞こえなかった事にした。

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