第6話 ネコ魔王とおっかけ
私は今日も走り回っていた。
とてもじゃないが、歩いて次のスケジュールを処理してられはしない。
ニャー様を眺めて涎を流し、部下達に指示を出す。そして、ニャー様を抱っこして鼻血を出して視察へと走る。
走っていた私はハッと我に返るように顔を上げると同時に足を止めて片手で顔を覆う。
「私は仕事で死んでしまうのではないか……仕事の時間を減らすべきか?」
「いや、お前の場合、仕事が理由で死にかけてない。むしろ、仕事の時間を減らせばニャー様を占める時間が増えて余計にヤバいぞ? だから仕事の時間を増やせ」
立ち止まって独り言を言ってしまった私に話しかけてきた男、ドワーフの長の1人、ドドンが槌で肩を叩きながらこちらを見ていた。
いきなり声をかけられて少し驚いたがドワーフの長、ドドンが不法侵入した訳でなく、ここにいるのにはちゃんとした理由があった。
ニャー様の指示で魔王城の生活環境、主にこの世界にないネコ向きのモノを作り出す為に部屋を与え、ドワーフの長の内、1人を責任者として招くように言われてやってきたのがこのドドンであった。
聞いた話だが、ドワーフの長は7人いるらしいが、誰か魔王城に行くかという事で一悶着あったようだ。
3日3晩の拳による殴り合いで勝ち残ったのがドドンのようだ。
こちらにやってきた事でドドンは残る6人の長に永久追放されたらしい。
ドワーフとは物作り以外では、もっと大雑把な種族と思っていたが案外、器量が小さい。
「なんなら、ワシがニャー様の世話を全部引き受けてやらん事もないぞ、ひ弱な人の女よ?」
「うふふ、お気持ちだけ頂いておきます。このクソドワーフがっ! 箱詰めしてドワーフの集落に送り返されたいか?」
力強く額と額をガンという音を鳴らしてぶつけ合うと至近距離で睨みあう私達。
殺気が込められた視線同士がぶつかり合い、火花を散らせる。
魔王城の出入り禁止にしてしまうべきか?
私は真面目にこの案の検討に入ったところでドドンが思い出したように話しかけてくる。
「おっと、女を相手にしとる場合じゃなかったわ。ニャー様に今週の報告をせんとな」
「残念だったな、ニャー様はお昼寝を開始されたところだ」
鼻で笑うようにドドンに伝えると「ウソじゃあるまいな!?」と凄い気迫で言ってくるが本当の事である。
だから、私は渋々、仕事に……いや! 私が仕事に行くというのに耐えれなかったニャー様が不貞寝をされた、きっとそう!
「ちゃんとした報告はドドン殿が後でされるとして、簡略的に私から本日の報告でお知らせしとく為に先に見させて貰おう」
「……ちっ、まあいいわい。こっちじゃ」
舌打ちしたドドンに着いてこい、と先導される。
その後ろ姿を見つつ歩く私はドドンが綺麗に収まる木箱の発注書を出す事を心のノートに記載しつつ、その背を追った。
連れていかれた技術課、ドドン達はその呼び方が嫌い、仕事場と呼んでいる部屋へとやってきた。
部屋と言い方をしているが部屋というには大きすぎる場所、実際の話、魔王城の建物の半分はここだと言っても間違っていない。
ニャー様に限らず、他のネコ達も屋外ならともかく室内では大きな部屋を好まない。
そのせいか、魔王城を城らしくする事に頓着されていた。
中に入ると50名程いるドワーフが至る所で作業をしていた。
「まあ、ニャー様に報告出来ないのはアレじゃが、ニャー様に報告し辛い案件もあったからお前が来たのは渡りに船じゃったかものぉ」
「どういう事だ?」
そう聞く私にドドンはある方向を指差す。
指された方向に目を向けるとそこには変な箱に取り付けられたネコじゃらしが自動で揺れて目の前でそれに飛び付いて遊ぶネコがいて癒される。
「おお! 素晴らしいモノを作ったじゃないか! どうしてニャー様に報告するのを止めようとした?」
「ワシも初めは女と同じ事を思った……がっ! これは失敗作なんじゃ!」
どうして失敗作なのか分からない私が眉を寄せている視界に映る他のドワーフ達も苦々しく頷くのが見える。
悔しそうに握り拳を作るドドンが捻り出すように言ってくる。
「これでは見てる楽しみだけでワシ等が操作するネコじゃらしに飛びかかってくる楽しみが味わえん!!」
力強く頷くドドンの部下達。中には目尻に涙を浮かべる者達がいる。
素直に私はこいつ等は馬鹿だ、と思う。
「これはこれで使える。お前達はネコ様達に癒されたいが為に奉仕の精神を忘れているぞ!」
そう言ってくる私を悔しそうに見つめてくるドドンを代表にドワーフ達にドヤ顔で言ってみせる。
まあ、私は絶対に使う気はありませんけど?
自分の事を棚上げする私を余所に「確かにそうかもしれん」と改心したようなセリフを吐くドドンはネコじゃらし振りマシーンを廃棄ボックスに放り投げる。
こ、こいつら意地でも使う気ないなっ!
「で、本命の報告なんじゃが……」
何事もなかったかのように報告を続けるドドンを殴りたい衝動と戦いながら頷く。
「ワシの研究、観察で分かった事だが、ネコという生き物は枠がある場所が落ち着くらしいと分かった」
そう言うドドンが地面に線を引いて小さい四角を書くと近くにいたネコがその枠に収まるように座ると落ち着くのか目を閉じる。
「どうじゃ?」
「偶然ではないのか?」
「それはないな、ワシが5日間、120時間びっちりと観察して出した結果じゃ!」
120時間か、睡眠とかどうしたのだろうとは思うが凄まじい根性だと私が感心しかけるがある事に気付く。
「5日間、観察し続けるような時間はこっちに来てからなかったはず……まさか、ドワーフの集落に交渉行く前に頻繁に来ていたドワーフの中にドドン殿がいたのか? まさかな、ドドン殿は長だしな……」
自分でも滑稽な事を言っていると笑い飛ばそうとするが目の前のドドンが分かりやすいぐらい目を逸らしていた。
「本当にあの50人の中にいたのか!? ん? 50人?」
ある事に気付いた私が辺りを見渡すとドドン以外のドワーフ達もドドンに倣うように露骨に視線を逸らしていた。
この場にいるドワーフが約50名、以前、報告で受けた街に出没したドワーフも50名程……
「ま、まさか!」
驚く私の言葉がキッカケになったのか「ああ、忙しい、忙しいのぉ!」とテキパキと仕事を始めるドワーフ達。
私の視線から逃げるように働きだすドワーフ達を見て、ドワーフは魔王城の出入り禁止にすべきかと本格的に思索を始めた。
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