十四 巨人


 やがて、何処からともなく地鳴りが響いてきた。

 彼方では、龍神が大きく身奮いをする。

 大地はこれから起きることを予感してか更に激しく揺れ、大気までもがビリビリと怯えを見せる。

 そして龍神が空に向けて大きく口を開き、遂に天に昇ろうとその肢体を宙に飛び立たせる……。

 かに見えたが。


 龍神は少し上がった所で止まり、すぐに下に降りた。

 そして再び昇ろうとし、またそこで止まる。

 それから、激しく身をくねらせ始めた。

 何をしているんだ、あれは。まるで誰かに抑え込まれて暴れているみてえに見えるが……。


 抑え……込まれて……?

 まさか!

 あまりの光の乱舞によく見えていなかったが、改めて眼を凝らしてみると、橙色の龍神の体に、少し色味の違う何かが絡みついていた。

 いや、絡みついているというか。その何かは龍神の背後に寄り添うようにそびえ立ち、二本の腕で龍の胴体を抱え込んでいるように見える。


 馬鹿な……。俺は自分の目を疑った。

 いくらなんでも、あり得ねえ。

 龍神と変わらぬ、不二の山にも届くほどに巨大な金色の光の塊。それは紛れもなく、人の形をしていた。


 龍神が金色の人影から逃れようと激しく身悶えする。その周りでは橙色の光が波打ち、大きな飛沫を上げた。


「ゴオオオオオオ……!!」


 遂に業を煮やしたのか、龍神が天に向けて咆哮を放つ。

 その雄叫びは大気を震わせ、雲一つない星空に突然の稲妻を走らせた。

 空が割れる程の雷鳴と共に全天が閃光で満たされ、昼間のように輝く。そして次の瞬間、宝珠が一際鋭い輝きを放つと同時に、天を覆う雷光の全てが金色の人影に襲い掛かった。


 太陽が炸裂したような爆発的な光と大音響が、世界を揺るがす。

 なんてことだ、金色の人影はそれでも倒れねえ。

 が、流石にたじろぐように体を反らしたその隙に龍神は腕を振りほどき、身をよじって人影に襲い掛かった。

 人影は崩れ落ちそうになりながらも二本の腕で龍神の二顎を掴み、猛然と押し返そうとする。

 橙色に輝く龍神と、金色の巨人。満天の星空の下で、天にも届く二つの巨大な光は互いを従えようと激しく争った。


「何なのだあの化け物は! あのような力、儂は知らぬぞ!

 この星そのものの力の具現である龍神と互角に戦う力など、あって堪るものか!

 認めぬ! 儂は認めぬぞ!」


 俺だって信じられねえ。

 蓬子……、まさか本当にお前なのか……。


 宝珠が閃光を放つ。

 すると巨人の右肩の辺りが丸くポッカリと欠けた。

 もう一度。

 今度は脇腹がえぐられる。


「蓬子っ!」


 だが光の巨人は怯む様子もなく、欠けた部分はすぐに金色の光で満たされて、あっという間に元通りになった。

 恐らくあの巨人は蓬子自身の化身という訳ではなく、光の壁と同様に金色の靄を操って造った人形のようなものなんだろう。

 大した痛手では無かったようでホッとしたが。それにしても、心臓に悪すぎるぜ。


 今度は、巨人が腕を振り上げる。

 そして再び龍神が襲い掛かって来ようとしたところを、思い切り殴り付けた。

 龍神は光の海の中に倒れ込み、その衝撃で二体の周りに大きな水飛沫が上がる。

 互角……。

 あいつ、本当に龍神と真面まともに渡り合ってやがる。


 龍神はすぐに立ち上がりはせず、代わりに巨人の周りをぐるりと一回りした。

 そしてその長い胴で巨人に巻き付き、締め上げようとする。

 さすがの巨人もこれには為す術がないかに見えたが、締め付けられると同時にその姿が幻のように崩れ去り、別の場所に再び形を成した。


「ゴオオオオオオッ……!!」


 龍神は怒り狂い、その大きな顎で巨人の腹に喰らい付く。

 胴の部分が丸ごと咬み取られ、分断された胸から上の部分は一瞬その場に留まったが、すぐに霧となって消えた。

 続けて宝珠がバババッと連続して閃光を放ち、残った下半分を一気に消し去る。

 龍神は勝ち誇ったように頭を振りながら、再び咆哮を放った。


「ゴアアオオオオオオォォ……!」


 その頭を、再び姿を現した金色の巨人がガシッと掴み取り、力づくで地に押し付けようとする。

 龍神が激しく抵抗する。

 巨人はその頭を上から殴り付け、龍神は巨人の拳を咬み千切る。


 なんだこの戦いは……。

 まるで子供の喧嘩じゃねえか……。

 駄目だ蓬子。

 そんなやり方じゃあ、龍神を抑えるどころか余計に怒らせるだけだ。

 それに、今はなんとか互角に戦えているように見えるが、龍神の力の源がこの大地そのものだとするならその力は無限だ。いくら蓬子の力が強大だとはいえ、こんな戦いをそういつまでも続けられるはずがねえ。


 どうする、今の内に次の手を考えて置かねえと。

 だがあれをどうにかする手立てなんて、何も思い付かねえ。こうなったら、村の連中を少しでも遠くへ逃がすことくらいしか……。


 くそおっ……!



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