三 交渉
「さっきは済まなかっただな。
なにしろ、用心棒なんてのを募ったはいいが一人も来やしねえで、皆もすっかり諦めちまってたとこだでよ」
薄暗い板の間で、俺と名主は向かい合って座っていた。
名主の後ろには、十人ほどの百姓が控えている。どいつもこいつも陰気そうな面で、俺を睨んでいやがる。
「奴らが現れたのは、今年の春頃。どこから流れてきたのかは知らねえだが、いつの間にやらあの山に住み着いて、悪さをするようになっただ。
オラとこの村だけじゃねえ。近くの里や村を気まぐれに襲っちゃあ、食い物やら女達をさらっていくだ。
本当かどうかは知らねえけんど、平家の生き残りじゃねえかって、みんな言ってるだよ」
なるほど、ありそうな話だ。
頼朝が平氏を壇ノ浦に沈め、鎌倉に幕府を開いてからはや十余年。戦も終わり、時代はすっかり源氏のものになっちまった。
だが、それで世の中がいくらかでも良くなったかというと、そんなことはちっともありゃしねえ。侍同士が喧嘩しようが仲良くしようが、相変わらず飢饉は続くし、病が減るわけでもねえ。
それどころか、頭を失った平家の残党共があちこちで悪さを始めやがって、
まったく、侍って野郎共はよ……。
「もうすぐ刈り入れが始まる。それから年貢を納め終えるまでの間だけでええ、なんとか村を守って下され。
報酬は銭一貫。いちおう五人分は用意しただ。儂らにできる精一杯のもんだ」
なるほどね、事情は大体掴めた。じゃあここからは商売だ。
「銭一貫! はーあぁ、シケてやがんなあ。
そんなんじゃあ、人なんか呼んだって集まるわけねえぜ。ま、こんな山ん中じゃしゃあねえとは思うけどよお」
俺はわざとらしく大声を上げた。
「不満かね」
怒るかと思ったら、声色は案外そうでもなかった。この名主もなかなかのもんだな。
まあいいや。俺は、ズイと身を乗り出した。
「なあ名主さんよ、そこで相談だがよ」
「なんだね?」
「その五人分、全部俺に寄越しな。
ただ守るだけなんて言わねえ。その盗賊ども、俺が一人で全部片づけてやるよ」
名主もこれには、眉をひそめた。
「相手は全部で四・五十人ほど。武器も馬もあるし、頭目は化け物だって噂まである。兄さんがいくら強かろうが、一人でなんてとてもとても」
「だがよう、そうは言っても他に誰も来やしねえんだろ? 心配しなくても、褒美は全部終わってからでいいからよ。
なあに、
ああそれとな。褒美は後でいいけど、飯は別だぜ。腹が減っちゃ戦になんねえからな」
それを聞くと、名主は後ろを向いて、百姓共とコソコソと相談を始めやがった。だが結論なんか、初めから決まってるようなもんだ。
暫くして、名主がこっちを向いた。
「わかり申しただ。それで良う御座えます。
ねぐらは村はずれの古寺を使って下され。後で、寝床の用意と食い物を届けさせますだ」
「応よ」
だが俺が頷くのと同時に、後ろの百姓がボソボソとこぼしやがった。
「だども名主様よ、ほんとにこったら一人っきりで盗賊をやっつけられんのけ?」
ちっ。うるせえな、文句があるならてめえでやれってんだ。
「それもこんな痩せっぽちで、ちっとも強そうじゃねえ」
「目付きも悪いし、この品のねえ面構えはどう見ても悪党だ」
「仕方ねえじゃろうが。この貧乏村でそんな大勢雇えるわけねえべさ。まあ、もう少しすりゃあ、あと一人か二人くれえ来てくれっかもしんねえでよ」
馬鹿野郎が、二人も来たら分け前が減っちまうじゃねえか。
黙って聞いてりゃ、言いたいことを言いやがって。これでも喰らいやがれ。
「あーそうそう、忘れてた。ほらよ、みやげだ」
懐にしまっておいた盗賊共の耳を取り出し、百姓達の前に放り投げる。
「ひいいっ」
「なあっ!」
百姓どもは板の間にばら撒かれた耳を見て、悲鳴をあげながら腰を浮かした。
ホント、度胸のねえ野郎どもだ。
「とりあえず、村に来る途中で五人ほど減らしといたぜ。
首を担いでくるのも邪魔くせえから、耳だけ取ってきたよ。あの山ん中にいた連中がそうなんだろ?」
名主は顔を引きつらせながら、乾いた笑い声を上げた。
「は、はは。どうじゃ皆の衆、こりゃあ頼もしいお方が来てくれたでねえか。どうか宜しくお頼申しますだ」
「こちらこそよろしく頼むぜ。
―*―*―*―
その後、ねぐらとなる古寺へは、昼間の餓鬼が案内してくれた。
予想通りのボロボロだ。けど広さは十分、雨風さえ凌げれば上等ってもんさ。
餓鬼は、担いできた藁床を無造作に放り投げると、その上に麦飯の包みを置いた。
それにしても、無愛想な餓鬼だぜ。俺を怖がってる風には見えねえが、ここへ来るまで一言もしゃべりやがらねえ。
声を掛けても名を聞いても、返事ひとつしねえし。まさか口が利けねえってこともねえだろうが。
「水は、外に井戸があるから」
「おう、あんがとよ」
あ、しゃべった。
「じゃあね」
「ちょっと待て、手え出しな」
俺は帰りかけた餓鬼を呼び止め、その掌に赤黒い小さな塊を乗せた。
「干し柿?」
「駄賃だ、持ってけ」
とたんに餓鬼の顔がほころんだ。
「あんちゃん、ありがとう!」
なんでえ、あんな顔もできるんじゃねえか。
俺は走り去って行く背中を眺めながら、やっぱり餓鬼の笑った顔ってのはいいもんだな、なんて、いっちょ前の大人みてえな事を考えていた。
さてと、今夜はもう寝るか。
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