二 里へ
山を下ると、小さな村里に出た。
何処にでもあるような、シケた村だ。だが、ここが今回の俺の仕事場ともなれば、文句を言うわけにはいかねえ。
生まれはどっかの山ん中、育ちはどっかの小さな村。
親はとっくに死んじまった。母親は確かにいたはずだが、父親なんか見たこともねえ。
でもお袋の話では、
俺は、ずっと旅を続けている。
まあ本当は旅なんて恰好良いもんじゃなくて、ただ居所を決めずにあっちへフラフラこっちへフラフラと、流れ歩いてるだけなんだけどな。
俺の育った村は、餓鬼の頃に盗賊に襲われて全滅。お袋もその時に、殺られちまった。
でもなぜか俺一人だけが助かっちまって、それが俺の旅の始まりって訳だ。それから既に十余年、ずっとこんな暮らしを続けている。
つまりは野良犬と同じ、そういう生き方しか知らないってだけのことさ。
そのぶらり旅の途中で、俺はとある村、つまりはこの村が用心棒を募っているという話を聞きつけた。
別に用心棒が本職って訳じゃねえが、暫くのあいだ飯とねぐらを確保できて、ついでに銭が貰えるとなりゃ言うことはねえ。生きる為には何でもやるってのが、俺の信条さ。
それに、盗賊共にはお袋や村の仲間の恨みがあるから、奴らを思う存分ぶち殺すってのも悪くねえ。さっそくその話に乗っかることにした。
でもって、さっきはこの村へ来るために山越えをしようとしたところを、当の盗賊どもに襲われちまったって訳だ。なんともまあ、間抜けな話だぜ。
もっとも、間抜けだったのは俺と盗賊のどっちの方なのかというと、難しい所だがな。
ま、おかげで思わぬ小遣い稼ぎもできたし、得物も手に入ったってもんだ。
とはいえ……。
「うークソ。重てえ」
襲われた腹いせに、身ぐるみ剥いで担げるだけ担いで来ちまったが、やっぱ欲張らずに、銭だけにしときゃよかったかな。
こうなったら早いとこ
つっても、名主の屋敷がどこら辺かも知らねえし。誰か案内してくれる奴でもいてくれると助かるんだが。
それもできれば、若い姉ちゃんとか。
自分で言うのも何だが、俺はこれでも女には不自由しねえ
この野性味溢れる精悍な貌つきに、堂々たる長身と引き締まった筋肉。鋭い眼差しで瞳を捕らえ、耳元で甘い言葉の一つも囁いてやれば、大概の女は腰から力が抜けちまうってなもんだ。
ああちくしょう、どっかにいい女でもいねえかなあ!
と、辺りを見回すと。
「おっ」
いましたよ。畑の真ん中から、まん丸い尻が飛び出てやがる。
草取りでもしてんだろうが、あのちっちゃくて可愛らしいお尻が野郎のわけがねえ。きっと若え娘っこに違いねえぜ、へへっ。
「おーい、そこの人ー!」
俺が大声を上げて手を振ると、そこの人がひょいと顔を上げた。
思った通り若い娘っこ……、じゃなくて男の餓鬼んちょだった。
まあ、人生なんてこんなもんだ。
「ああー、そこの君。ちょいと道を尋ねたいんだが」
内心のがっかりを顔に出さねえように気を付けながら、声をかけてみる。こうなったらもう、案内してくれるなら誰でもいいや。
が、餓鬼んちょは畑の中に突っ立ったまま、返事もせずに俺の顔をじっと見つめ返すだけだった。ちくしょうめ、なんつー無愛想な餓鬼だ。
仕方がねえから、こっちから行ってやるか。
「すまんがねー、名主さんのところへ……。あっ、おい!」
逃げ出しやがった。
「ったく、しょうがねえなあ。
まあ、こんな恰好してちゃあ逃げるのも無理はねえか。怪しさ満載だもんな。
まあいいや、あいつの後について行きゃ良いんだろ」
要するに、餓鬼の逃げて行った先には誰かがいるってことさ。
俺はのんびりと畑の中の一本道を歩きながら、辺りを見回した。ふん、人っ子ひとり歩いてやしねえ。
ここは坂東の北のはずれ、奥州の入り口だ。山奥とはいえ、この道は鎌倉からはるか平泉の都へと向かう、街道の一つのはずなんだが。
やっぱりこの寂れっぷりは、あの盗賊どもの所為という事なのかね。
この辺りで山の向こう側と行き来をしようとしたら、あの峠を越える外に道はねえ。
山は深いし、所々に結構な難所もあって、反対側へ抜けるには一日掛かりの険しい
かと言ってあそこを通らねえとなると、それこそ遠くの山をいくつも越えて、相当な回り道をしなくちゃならねえときたもんだ。
そんな大事な街道のど真ん中に、盗賊なんぞに居座られちまったら、こりゃあ誰だって何とかしねえとって思うよな。
つまりだ。
俺がこの仕事を引き受けようと思い立ったのも、すなわち世の為人の為。決して金のためではないと言えないこともないと思わないでもないわけじゃ……。
「お、来た来た」
お出迎えだ。
どうやら、あの餓鬼はただ逃げ出した訳じゃなくて、大人を呼びに行ったらしい。遠くの方から大勢の男達が、餓鬼を先頭に駆けて来るのが見えた。
男達は、始めの内は餓鬼の後ろについて走って来ていたが、俺の姿を認めると足を速め、餓鬼を追い抜いてまっしぐらに殺到して来た。
こりゃまた大歓迎……、って雰囲気じゃねえな。
皆、鍬やら鎌やらを振りかざして、なんとも恐ろしげな顔して向かって来やがる。
あーあ……。
俺は足を止めて、連中が到着するのを待った。
男達は俺の所まで来ると、無言で周りを取り囲んだ。
ったく、どいつもこいつも
「はい、皆さんこんにちは。怪しい者じゃござんせんよ」
俺は抱えていた荷物を全部放り出し、両手を挙げた。
こういう頭に血が昇った連中には、理屈は通じねえ。敵意がないことは体で示すに限る。
男達は一瞬放り出した荷物に目をやったが、すぐに視線を戻し、油断のない目付きで俺を睨み付けた。
「おめえ、どっから来た」
正面の奴が聞いてきた。
「あっち」
前を向いたまま、後ろの山を指さす。すると、後ろに立っていた奴がその指に驚いて「ひいっ」と声を上げて飛び退いた。
しかも、その悲鳴に釣られて、他の連中まで血相を変えやがったよ。
だから、気が小せえにも程があるっての!
「やっぱりおめえ、盗賊の仲間だな! みんな、ふん縛っちまえ!」
正面の奴の声に、周りの奴らが一斉に襲い掛かって来た。
「ちっ」
こうなっちまったら仕方がねえ。
俺は足元の槍を蹴り上げると、両手でもってこれ見よがしに振り上げてから、ブンッと大きく振り回した。
「うわあっ」
「きゃあっ」
その勢いに、俺に飛び掛かろうとしていた連中がひっくり返る。二・三人、鼻先を掠っちまったみてえだが、勘弁してくれよ。
それから一同をジロリと睨み付け。
「まあまあ落ち着けって。
せっかくこんな山奥まで、彼方からはるばる来てやったってのによ。いくら何でも、手前らで呼んでおいてこの仕打ちは非道えんじゃねえの?」
「だ、誰がおめえなんかを呼んだってんだ!」
目の前で腰を抜かしてる野郎が、俺を見上げて声を放つ。
「おいおい、まさか忘れちまったんじゃねえだろうな。お待ちかねの用心棒だよ」
「え?」
「「あ……」」
男達が顔を見合わせる。
この野郎ども! ホントに忘れてやがったのか!
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