七殺星 流狼戦記
たかもりゆうき
第一章 狼
一 峠
はあっ、はあっ、はあっ……。
山の斜面を全力で駆け下りながら、俺は追手の気配を読んだ。
四人、いや五人か。いずれにしても大した数じゃねえが、囲まれたら厄介だ。引きずり回して、一人ずつ始末しねえと。
下生えの熊笹が、剥き出しの脛を容赦なく切り付ける。痺れるような痛みで、脚の感覚が段々と薄れてきやがった。
だが、そんなことに構っちゃいられねえ。俺は急斜面を跳ねるように走りながら、右手で刀を抜き、左手に
よおし、こんだけ逃げ回れば充分だろう。
脚を緩め、先頭の奴が追いついて来るのを待つ。
「野郎っ! 待ちやがれ!」
来た。
へへっ、いい脚してるじゃねえか。この俺様について来れるなんざ、大したもんだ。
だがよう、お仲間を置いてけぼりってのは良くねえぜ。
俺はわざと足取りを乱し、疲れた振りをしながら、耳を澄ませて後ろとの間合いを計った。
「おらあっ、もう逃がさねえぞ! 観念しやがれっ」
背中のすぐ後ろで、奴が刀を振りかぶる。今だ!
地面から僅かに顔をのぞかせている木の根っこを足掛かりに、思いっきり右脚を踏ん張る!
「ああっ」
奴は急停止した俺にぶつかりそうになり、慌てて止まろうとしたが、かえって体勢を崩して転がっちまいそうになる。
当たりめえだ。この急斜面を落っこちるような勢いで駆けて来て、そう簡単に止まれるかってんだ。
だが、ひっくり返りそうになりながらも刀を振るってきやがったのは、大した根性だ。褒めてやるぜ。
俺は振り向きざま、踏ん張った反動で後ろに跳ねるように体を倒しながら、相手の胴を薙ぎ払った。
「うらあっ!」
「うおっ」
奴の刀は頭の上を素通り。勢い余って、自分から俺の刀に向かって突っ込んでくる。
はい御苦労さんよっ。と、腹のど真ん中を真っ二つ!
男は声も上げずに、坂を転がり落ちて行った。
「こんの野郎っ!」
その後ろから、次の奴が襲い掛かって来た。
俺はそいつの額をめがけて、鏢を投げつけた。狙いがちょいと外れて右目に刺さったが、そこはまあご愛嬌だ。
「ぎゃあっ」
刀を放り出して転げ落ちて来るところを、すれ違いざま、首筋に一撃を叩きつける!
坂道での喧嘩は、上にいる方が有利ってのが相場だが、勢いがついている分だけ小回りがきかねえんだ。要はやり方次第ってことよ。
さて、残りは三人。
「てめえっ!」
「このクソがっ!」
「死ねっ!」
並んで来やがった。
左手でもう一本の刀を抜き放ち、両手で構える。ありゃりゃ、三人には一本足んねえか。
しゃあねえ。
俺は相手の懐に飛び込んで行くと、真ん中の奴が突き出してきた槍を左手の刀で払い退け、その隣の奴と二人まとめていなしながら、同時に右の刀を突き出して、残る一人の手元を狙った。
切っ先が刀を持つ手を捉え、指三本と刀をすっ飛ばす。
悲鳴をあげる間も与えずそいつの横っ腹を蹴っ飛ばし、その反動で左を向いて、反対側を通り過ぎようとする野郎共の背中を切りつけた。
「そらよっ!」
と。くそっ、流石に端っこの奴までは届かねえか。
背中を斬られた真ん中の奴が、悲鳴を上げながら転がり落ちて行く。
その向こう側で、端っこ野郎はすっ転びそうになりながらも、何とかその場に踏み止まり、振り返って刀を構えた。
「野郎、ふざけやがって。ぶっ殺してやる」
立場逆転、今度は俺様の方が上だ。
「やれるもんならやってみな。坂道の喧嘩は、上にいる奴の勝ちってのが相場だぜ」
おっと、さっきはやり方次第って。まあいいか。
「うるぁああっ! このクソ野郎っ!」
奴は両腕を上げて一声叫ぶと、くるりと後ろを向いて駆け出そうとした。
「馬鹿が、逃がすかよ!」
俺は刀を振りかぶり、逃げる背中に向かって思いっきり投げつけた。
今度は狙い通り。くるくると回転しながら飛んで行った刀が、ど真ん中に突き刺さる。
奴はもんどり打ってひっくり返り、そのまま斜面を転がり落ちて行った。
「あっ、てめえ! 俺の刀を返しやがれ!」
ったく、しょうがねえなあ。
俺の前には、指を切り落とされた野郎がしゃがみ込んでいた。
まあ、くたばっちまった奴らは後回しでいいか。
「よう、お前」
俺は残った刀で肩をトントンと叩きながら、そいつの所へ近づいて行った。
「ひいいっ、た、助けてくれえ」
「おめえ、銭持ってるか」
すると野郎は、慌てて懐から小袋を取り出し、俺の足元に放った。
「こっ、これだけです。こここれで全部です」
「ふうん」
血まみれの銭袋を足でつつく。チャラチャラと軽い音がした。
「ちぇっ、シケてやがんな。食い物は?」
「も、持ってねえです」
「なにい?」
ジロリと睨みつけると、そいつは泣きながら地面に這いつくばった。
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!」
あーあー、みっともねえなあ。けどまあ、これで助かるってんなら安いもんか。
「おっおっ、お願いです。ど、どうか命ばかりは」
「よう、そいつはちょっとばかり虫が良すぎやしねえかい? お前ら、俺を殺っちまう気で襲ってきたんだろ?
ええ? 盗賊さんよ」
「ごごごごめんなさいもうしませんお許し下さいいやだ死にたくない死んだらお頭に××されちまう」
「あ? 何されるって?」
何だか良く聞き取れなかったな。
というか、死んじまったら焼かれようが刻まれようが知ったこっちゃねえだろうに。何をそんなに気にしてやがんだ。
「どうかお助けくださいお願いですお願いですお願いです」
今度はお願いですお願いですと繰り返しながら、血まみれの手をこすり合わせて俺を拝み倒し始めた。
あのな、俺は坊主じゃねえっての。ったく。
「そんなに助かりてえか?」
「たっ、助けてくれるんで?」
「じゃあ、立て」
「はっ、はい!」
盗賊は、喜び勇んで立ち上がった。
「よし、じゃあちょっと跳んでみろ」
「へ?」
「いいからそこで跳ぶんだよ」
「へ、へえ」
奴がぴょんと跳ぶ。するとジャラッと銭の当たる音がした。
「この嘘つき野郎っ!」
俺は刀を振り降ろし、そいつを正面からぶった斬った。
「ご…めんな……、さ……」
賊のくせに律儀な野郎だ。ちゃんと謝ってからぶっ倒れやがったぜ。
「ったく、斬られてから謝ったって遅えんだよ。俺は嘘つきはでえっ嫌えなんだ」
うつ伏せに倒れている盗賊の体を足で小突いてひっくり返し、懐を探る。
案の定、銭袋が出てきやがった。
「ほれ見ろ、こんなに持ってやがって。食い物はっと……ねえのか、くそ。
まあいいや。
ったく馬鹿野郎どもが、こんな俺なんかを襲って命を落とすなんてよ。どうせ襲うなら若い女でも襲えってんだ。
どうでもいいけどよ」
どうでもいい文句を垂れながら、俺は盗賊の耳を切り取り、懐にしまった。
それからあちこちに転がっている連中にも止めを刺しながら、懐を探り銭やら刀やら何やらを頂いて、ついでに耳も切り取った。
「ま、こんなもんか。いい手土産ができたぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます