裁ちばさみが嫌いな男の子



 恨みを持ちました。何にって、散髪屋に。


 順を追って説明しよう。

 

 先日、私はいきつけの1000円カットに向かった。基本、私は『ダサくなければなんでもいい』タイプなので、髪型の細かい指定とかはせず、いつも「〇〇㎝切ってくれ」と頼むのが常道手段なのだ。


 その日は、来月に控えた頭髪検査を意識して、わりと長めに切ってもらおうとした。見た目は少しオラついた感じがあるが、しゃべり方は誠実な兄ちゃん(この人には初めて応対された)に


「5㎝……で」


と注文した。


 すると兄ちゃん、「5㎝となると、後ろの髪それほどの長さがないんだけど」という。


 ふむ。ここで私の思考は停止した。はっきりいって、そこらへんのおっさんよりも散発の知識が皆無な私は、「長さは?」「○○㎝切って」「刈り上げは?」「しないで」「おかのした」これだけの会話マニュアルしか所持していない。


 だから、それ以外の変化球が来るともう分からない。一瞬の逡巡の後、


「あの、前髪を5㎝切ってほしいんですけど……」


と答えた。のちに、これは言葉足らずであった私のミスだったと後悔する。


 そして兄ちゃんは、まず前髪の四分の一ぐらいをパツンと切り落とし、


「このくらいかな?」と問うてきた。


 私は、感じたそのままに、「もうちょっと、長いほうがいいですかね」といった。

 

 そうしたら、兄ちゃんは笑いながら、


「お客さん、もう切っちゃったけど」


 でーい! じゃあなんで訊いてきた! 


 なげやりになった私は、「あー、はい! はい! もうそれでいいですぅう!」と考えることを放置した。いや、この時まで私は鷹をくくっていた。どうせ大丈夫だろうと。いくら1000円カットとはいえ、これまでに特に変なことはしてこなかった。むしろネタにできるぞ、ツイッターで今までの経緯を呟こっかな。いや、もしかしたらこの兄ちゃんが『今日の店にすげえ少年がやってきたんだがwww』とかいってバズるかもしれん。五万いいねぐらいくるかな、そうしたら俺のTLにも流れてくるだろうな。そうして見つけた彼のアカウントにDMで「今日のガキです。どうも」とネット上での結びつきができ、お互いの末永い友好条約を締結できるだろうな。


 そして、切り終わった自分自身の髪型を見て愕然とした。横から後ろの髪は散髪屋に向かう前とさして変わらず、前髪だけが無造作に切り刻まれていた。いわゆる、ぱっつんというやつである。しかも、最初に左側をがっつり5㎝切った後、私の余計な横槍(少し長いほうが良い)が入ったからか、右側に向かって下りの階段のように軌道修正されてるのだ。いや、ここで誤魔化す必要ないから!  


 あーあ、これで明日から「三戸な〇めみたいだね、ワラワラ」とかバカにされるんだろうなあ。前髪5センチとかいってないからね? そんなん全体のバランスが悪くなるって、素人でもわかるじゃないですかぁ。ダサダサだってさぁ。プロならやってくださいよぉ。といろいろな文句が脳から口に垂れてきたが、ぐっと我慢して脱兎のごとく退散した。友好条約は撤廃だ。こんなクソダサヘアにしやがって、何がツイッターだ! もし俺の目に入ったらてめえの店の口コミに悪評コメント100個ぐらい並べて炎上させてやるわ。



 マジで、ほかの高校生ってどういう注文をしてるの? 吉〇亮とかの写真を見せて「こんな感じに」とかいうアナログチックなことしてるの? 私の隣にいたセンスなジャージを着たおっさんが「髪を出すように」って、はぁ? 出すってなに? 髪を? なんで散発業界の専門用語使っちゃってんの? 


 疑問符が打ちまくりであった。





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