面白いトリックの作り方


 約400年前、エドガー・アラン・ポウが「モルグ街の殺人」を書いて以来様々な「ミステリ小説」と分類されるジャンルが広く発展してきたことはいうまでもないだろう。ドイル、クリスティ、カー、エラリー、モーリス……日本では、江戸川乱歩を筆頭に横溝正史や松本清張の社会派ミステリだったり、ここ三十年ではいわゆる「新本格ムーブメント」という本格ミステリの再ブーム到来だったりと、いつの時代にも人気の衰えずかつこれからも続いていくであろう流行的な小説である。


 ミステリ好きの性分なのかもしれないけど、ミステリに限らず色々なジャンルの小説を読み漁る内に、ストーリーへ求める優先順位が変わってる気がする。


 僕は登場人物の個性や独特性よりも、話の展開、読めない流れを重視する傾向にある。まあ、トリックってやつだ。この質が可か不可かで小説の半分は決まってくると思う。逆に言えば、単調と進み、日常を描く変化のない物語は肌に合わない。


「でも、トリックを考え付くのは中々難しくない?」


 と、明石くんがいう。彼は僕の中学生以来の友人である。


「そうだね。すでに使い回されて、万人の知識としてあるものは無限にある。例えば……」


 僕は小考のあと、ピンと指を立てる。


「二つの殺人事件を小説の中で発生させる。どちらも犯人探しが行われ、それぞれに有力な容疑者が浮上する。動機もバッチリある。そうだな、怨恨ということにしておこうか。過去の恨みか、仕事上のすれ違いかはこの際どうでもいい。

 で、警察はこう訊くんだ。『某日某時間、あなたはどこで何をしていましたかぁ?』と」


「アリバイ確認だね」


 僕は頷いた。


「そう。だけれども、残念なことに、どちらも完璧なアリバイが成立していたんだ。証人は何人もいる。さあ、困った。そこで名探偵の登場だよ」


「おー」


「明石くん」


 僕は彼の顔をじっと見た。「君なら、どう推理する?」


「え、えっと……むむ……」


 ミステリに疎い明石くんは三十秒ほど頭を抱えこんでいたが、突然ハッとしたように顔を上げた。


「もしかして……交換殺人?」


「ご名答」


 僕は人さし指を彼に向ける。「知らない他人同士が共謀して、お互いがお互いの殺したい人を殺す。当然、事件発生時間に当人はちゃんとアリバイを作り、警察の疑いを向けないようにする。完璧犯罪と持て囃されるけど、もう幾度となく使い古されたネタさ」


「確かに、俺でも知ってるぐらいだからめちゃめちゃ使用されているんだろうね。でも、そんな知られたトリックなら読者にすぐバレちゃうんじゃないの?」


「そう。だから、作り手は『どう騙すか』ってことに重点を置くのさ。

 それと、作者の創造力も大事になってくるね。新しい物を見せて新鮮味を出すのは、何らかのスパイスを加えなければならない」


「スパイス?」


「例えば、既存の概念を合わせてみるとか、はたまたまったく別の領域からネタを引っ張り出してきたりね。とにかく、読者をアッといわせれば勝ちなんだ」


「うーん、それって結局嘘をどう付くかってことだよね。言い方はアレだけど」


「まあね」僕はゆっくりと腕を組む。「そもそも、フィクションっていうもの自体が嘘の固まりみたいなものだからね」


「なるほど」明石くんは手を顎に当てて、何度も首を振っている。「あり得ないものをあり得るように見せつけることが大事なんだね」


「そう。僕がこのエッセイの作者である『蓮見悠都』だなんて一言もいってないしね」





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