第19話 24時間以内に対処しなかった場合、法的手段を取ります。

「あ、あの・・・。」


マルウェアの解析をしていると、万里が話しかけてきた。


縛戸が墨名を連れて出ていってしまったので、

部屋には俺と万里しかいない。

つまり、とても静かだった。

静かだと作業が捗る。

いつもなら数分に一回は縛戸が話しかけてくるんだが・・・。


「あの人、何者なんですか?」

「・・・縛戸のことか?」

「はい・・・。」


縛戸に何か囁かれてから、万里の様子がおかしい。


「縛戸の正体か・・・。

 正直、俺もよくわからん。」

「えっ?」

「いつの間にか事務所にいて、いつの間にか仕事を手伝ってもらっていた。

 社員として面接をしたこともなければ、

 住んでいる場所を確かめたこともない。」

「いいんですか?そんな人を。」

「興味ないからな。」


まあ、人間関係なんてそんなものだ。

相手が話さないのは、知られたくないということだろう。


仕事仲間と仲良くなる必要なんてあるのだろうか。

セキュリティを固めるあまり、

仲がいい相手としか仕事ができなくなっているのだろうか。

セキュリティを弱めるだけの仲間意識なら必要ない。


「犯人が捕まったら、その人はどうなるんですか?」


ほう、そんなことを聞いてくるとは、

自分が犯人だと言っているようなものじゃないか。


さて、どうするか。

まともに答えてもいいし、嘘をついてもいい。


「ネットワーク上で行われた犯罪は、ほとんどの場合、

 罪に問われる事はない。」

「えっ?」

「なぜなら、数が多すぎて取り締まり始めるとキリがないからだ。

 そんなことをしている暇があるなら、現実世界の治安を守ったほうがいい。」


とりあえず、こんな感じの回答でいいだろう。

裏で何か変な陰謀でも働いていなければ、

逮捕に至るまで発展しないのは事実だ。

法のシステムが追いついていない。


正直、サイバー攻撃に対する法整備をしっかりしておけば、

入れ食い状態の儲かるいい仕事になると思う。


初心者は、いろいろ間違いをするものだ。

初めてスマホを手にした子供を見張っていれば、

現行犯逮捕が一日に何回できるか。

罰金刑にすれば投げ銭システムより儲かるはずだ。


そういう事ができないからサイバー攻撃が減らないし、

消耗戦に持ち込まれて敗北続きになっているのだろう。


「じゃあ」

「だが、警察がわざわざ逮捕しなくても、

 各々が勝手に処罰を決めることができるのがこの国だ。

 いくら法に触れないことだとしても、世間体というものがある。

 何処かの組織に属しているならば、

 迷惑料くらいは払わなければならないだろうな。

 それが金品を差し出すことになるか、役職を差し出すことになるか、

 脳や心臓を捧げることになるか、わからないが。」


まあ、結局そういうことだ。


一番恐ろしいのは、法にのっとった適切な処罰ではなく、

正義感に燃える人間たちの決める勝手な攻撃だ。


また、サイバー攻撃にも善と悪がある。

犯罪目的のサイバー攻撃があれば、

自らの正義に沿ってサイバー攻撃することもある。


正義は反省しない。


正しいことを記載してある書物が法律なら、正義はそのものが法である。

正義に沿って行動していれば、道を踏み外すことはありえない。

正しいことをしているのだから、処罰されること自体ない。


なにも脆弱性をついて攻撃することだけが、

取り締まりの対象であるサイバー攻撃というわけでもないだろう。

ネットワーク上のいじめの対策は、いつになったら修正パッチができるのか。

比較的犯人の特定できそうな攻撃すら取り締まれないのに、

国境を越えてくる攻撃に対応できるのか。


目には目を。サイバー攻撃にはサイバー攻撃を。

ネットワーク上に平和が訪れることは、永遠にないだろう。


「ところで、あいつは一体何を言ったんだ?」

「それは・・・。」

「まあ、言えないなら言わなくてもいい。

 俺は部外者だ。

 仕事の範囲外の相談には乗れない。」


マルウェアを順番に調べていたが、

やはり一つだけ格の違うマルウェアがあった。

一定時間ごとに現れ、通信の状態を調べ、データを回収して、消える。

そんな動きを繰り返している。

もし、通信が途切れることが頻発すれば、

自身と自身に関係するファイルを削除するようになっている。


被害が広がらないようにサーバーの通信を遮断していたら、

このマルウェアは確保できなかっただろう。


何にせよ、報告書がまとまりそうだ。

一体何人処分対象になるかわからないが、それは俺の決めることではない。

リストを見て、適切に処罰を下すのは・・・。


「逢乱!マルウェアどうなった?」


縛戸が戻ってきた。

また騒がしくなるな・・・。


一緒に墨名も戻ってきた。

よく縛戸の走りについてこれたな・・・。


「まだ、削除はしてないから安心しろ。

 他所の会社のファイルを勝手に消すなんて、マルウェアと変わらん。」

「ですよねー。よかった。

 で、消すの?」

「それを相談したいと思っていたところだ。」


低レベルな既知のアドウェアならともかく、

主犯格と思われるマルウェアは、削除が簡単にできない。

本体がメモリ上にあるからだ。

メモリ上からマルウェアを生み出したり消したりしている。


パソコンは、情報を保管するハードディスクの他に、

処理を行うための作業スペースであるメモリがある。

メモリはデータを保管する場所ではないので、

一時的にデータが置かれるだけだが、データが置けないわけではない。

マルウェアを一時的に置いておくことだって、当然できる。


メモリ上に何があるか、普段見ようと思わないため、

そこにマルウェアを置かれると気がつくのは難しい。

時間が来れば消去されるため、連絡を受けて調査をする頃には、

既に消えてしまっていることもある。


「今回の契約は、調査対応がメイン。

 調査結果は、こちらから提出はするが、

 ファイルの消去は、すべてそちらに任せたい。」

「えと、私達で削除するってことですか?」

「本当に削除していいか、俺達には判断できない。

 独自に作成されたプログラムも何個か混じっている。

 つまり、勝手に消してしまうと、業務に影響が出る可能性があるということ。

 削除するかどうかの最終判断は、墨名さん。

 あなたが判断してください。」


丸投げの酷い対応だと思うかもしれないが、

実際、こんな対応しかできないのだ。


すべて市販のソフトウェアで業務を行っているなら話は別だが、

だいたい担当者が個人的に作ったツールやマクロが存在する。

それらをマルウェアだと決めつけて消してしまうことは出来ない。

逐一確認できれば消せなくもないが、

そこまでやることは稀だ。


「では、リストを見せてください。

 こちらで判断しますので・・・。」

「わかりました。少々お待ちを。」


報告書の作成も、それ専用のツールが用意してある。


報告書やレポートは、一番ツールが必要な部分だ。

一から全部手動で作っていては、時間がかかりすぎる。

すべてツールで自動作成できる状態が望ましい。

同じような文章が毎回出力されることになるが、

毎回言っていることが違うよりはいい。


「こちらです。」

「・・・たくさんですね。」

「サーバーに接続している端末をすべて洗い出した結果です。」


墨名は真剣にリストを見ている。


「ねぇ。なんであんたが判断しようとしてるのよ。

 あんた普通の社員でしょ?」


万里が突っかかってきた。

そういえば、墨名に社長の権限が委譲されていることを、万里は知らない。


「それは、この調査に関して、すべての決定を、

 社長から任されているからだよぉ?

 処分すべきかどうか、墨名さんが決めるの。」

「えっ!?」

「・・・何か問題でもぉ?」


驚いた様子で墨名を見る万里。

うっかり花瓶を割ってしまったような顔をしている。

もう少し墨名に優しくしておくべきだったと後悔しているだろう。


「わかりました。

 あとは私が処理しておきます。」

「よろしく頼む。」


ネットワーク管理部署を後にする俺たち三人。

ここでやるべきことは終わった。

あとは報告書をまとめ上げて提出するだけ。

マルウェアの一覧とともに、削除手順も渡さねばなるまい。

そのくらいのフォローはサービスしてやろう。


得るものの多かった一日だったからな・・・。

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