第18話 管理者に連絡が必要です!

再び、例の倉庫の前にやってきた。


始めてみたときから何か重要なものが入っていそうだったが、

やっぱり、その勘は正しかった。

何の変哲もない建物が、今や頑丈に作られた鉄の棺。

その扉を開けるのは、墓荒らしの如く。


ピッ。ピッピッピッ。


ピッピッピッピッピッピッ。


がちゃん!


「えと、開けました・・・。」

「よっしゃ!」


キィイ・・・。ガガッ。


鋼鉄製の、頑丈な扉だ。

ただの倉庫ならここまで頑丈に作らなくてもいいと思うけど、

このくらいしないと盗難の被害にあうのだろうか。

表向きは、監視カメラがない以上、

外壁を必要以上に固めるしかなかったのかもしれない。


中は、それほど埃っぽくなかった。

天井が高く、体育館にいるような雰囲気がある。

だがしかし、荷物はそこかしこに積み上がっていて、

ちょっとした迷路のようである。

子供がかくれんぼに使って、事故が起きそうな場所である。


それにしても、薄暗い。

暗視ゴーグルを使うほどではないが、照明が欲しい。

もともと物を置いておくだけの場所である。

常に明るくしておく必要はないし、直射日光禁止なのかもしれないが


ガシャーーン!!


「ん?」


扉の閉まる音。


扉を閉める前に電気をつけたほうが良かったんじゃあないか?

真っ暗で薄ぼんやりとしか見えなくなってしまった!

見えなくなってしまったのだがぁ?

この明るさ自動補正付きの眼鏡があれば、

こちらを睨んでいるれんちゃの顔だってはっきり見える!


・・・あれ?


「やっぱり、普通の眼鏡じゃないんですね。それ。」


暗くなったことで、ぼんやりと光っている。私の眼鏡。

本当に、賢い子だよ。れんちゃ。

わざわざそれを確かめるために、こんな暗いところに連れてきたんだね?


あ、私から来たんだっけ?


「いつから気がついてた?」

「トイレに引きずりこまれたとき。

 度が入ってないってこと、不思議に思いました。」

「ふーん。」


あのときか。

割と早い段階で気がついていたらしい。


「あなたは一体何なんですか!

 会社の中を勝手に調べ回ったり、盗聴器を仕掛けようとしたり」

「セキュリティの仕事だから。

 そういうこともやらないといけないのよ。

 パソコンの中を調べるだけが仕事じゃないの。」

「嘘です!

 あなたは何かを探りに来ている!」


おお、怖い怖い。

でも可愛い♪


『こわいい』とでも表現してみようかな?


それにしても、最初から感じていた違和感。

れんちゃと初めてあったとき、

私がウロウロしていたから、心配してトイレに入ってきたのだけど、

普通、そんなことをするだろうか?

なぜトイレに入ってから声をかけてきたのだろうか?

なぜ私がウロウロしていたのを知っていたのだろうか?


淡い期待は自分の勝手な未来予想図であり、儚く崩れ去ってしまう。

そう、このサイバー攻撃の犯人は・・・。


「ねぇ、墨名さ」


がしっ!(後ろから両腕をガッチリロックされた音)


「呼んだ?」

「・・・へっ?」


後ろかられんちゃの声がした。


前を見ると、れんちゃが怖い顔をして立っている。


・・・あれ?

どうなっているのだよ?

これは、夢?


電気がついた。


頑張って後ろを見ると、れんちゃがいた。


前を見ると、やっぱりれんちゃがいた。


・・・はは。

これは、やってしまった。

変装なんて今どき誰もやらないと思ってたのに。


れんちゃは、双子だった。


そうか。

噂をもう少し真面目に考えるべきだった。

残業しても半分の労働時間で済むから、

毎日日付をまたいでも問題なかったというわけね。


機械の目は騙せないけど、人間の目は騙せる。

この会社の人たちには、墨名火恋という一人の社員が、

毎日16時間労働しているように見えていたのだろう。


「ここに来たってことは、アクセスログを見て、

 まんまと釣られたってことよね?」

「・・・釣られた?」

「調査をするって言うから、ログに記載しておいたの。

 本来なら存在しない通信のログを。」


なんてこと!!

くっ。マルウェアが欲しいばっかりに、まんまとおびき出された・・・。

ログとか、保存日時とか、データというのは、いくらでも細工できる。

相手の技術力を考えれば、可能性はあった。

それを見落とすだなんて・・・。


「もう一回聞くけど、あなた何者?」

「だからセキュリティの人間」

「とぼけないで。」

「あっ!ちょ・・・!」


うおっ。痛ぃぃい!

何だこの技は?関節技か?

一通り格闘技を知っている私でもこれは知らなかった。

ヤバイ!こいつらやばい!


普段から対人セキュリティを注意している私から、

背後を取れること自体おかしい!


あー!本当に痛い!腕が折れちゃうぅうぅぅ~!!


「何かを探りに来ている。そうよね?」

「ぎ、ギブアップ・・・。」

「・・・まあいいわ。

 菜々?」


なな?


・・・あ、そうか。

この二人も偽名使ってるわけね。

同じくセキュリティに関わる仕事の人だったり?


セキュリティに関わる仕事でなければ、・・・スパイとか?

企業スパイなんて珍しくない時代。

コスト削減で正規社員を減らして、仕事を外部に委託して、

情報が漏れやすい土壌ができているので、

活躍の機会が増えていることだし、

こういうワールドワイドにアテンドするカンパニーならスパイの一人や二人!


と、れんちゃ改めななちゃんを見ると、

靴底から何か取り出していた。


平たくて刃渡り10cmの、なんだっけ?

たしか、くない?とかいう、


・・・お前忍者やないかぁぁぁい!


なるほど、知らないわけだ。

私にかけられているのは、格闘技の技じゃなくて忍者秘伝の護身術。


異常な技術力も、相手が忍者なら納得できる。

忍者は各分野のゼネラリスト。

武芸はもちろん、火薬の取り扱いから、薬学、心理学など

多芸多趣味のエリートでなければ職につけない。


なお、体格にも制限がある。

いろいろとちっちゃくないといけない。


それはそうと、その刃物を何に使うんだろう?

刺さったら痛いだけじゃ済まないし・・・。


「やって。」

「はい、姉様。

 これも会社のため・・・。」


昔は軍に雇われ、今は会社に雇われる。

うーん。

社畜系忍者って新ジャンルだなぁ・・・。


と、呑気なことを言っている場合ではない!

こんなところで死んでたまるか!

まだマルウェアを持ち帰ってもいないのに!


「ま、待って!ちょっと急すぎない?

 仮に私を殺したとして、その後どうするのよ!

 絶対大騒ぎになるから!」

「大丈夫、問題ない。」


ななちゃんが指をさす。

その先を見てみる。

・・・ドラム缶が転がっている。


ドラム缶には、日付を書いた紙が貼ってある。


まあ、運送会社なんだから、ドラム缶を運ぶこともあるだろう。

だがしかし、ドラム缶の後ろに並ぶ劇薬の山はなんだ?

あれを何に使うんだろう?


まあ、予想はついているので、全力でおことわりしたい・・・。


「ああ、なるほど。

 でもさ、やっぱり勘違いしてるでしょ?」

「・・・何が?」

「私はあなた達の敵じゃない、ってこと。

 だって私、社長の娘の『唯一の』友人なのよ?

 あなた達、というかこの会社を攻撃する理由がないじゃん?」


はるにゃんの城をぶっ潰すとか言ってたけど、あれはなし。


「・・・。」

「依頼主は、表向きは社長だけど、

 本当は、はるにゃんなんだよ?」

「・・・。」


どうする?あと何か言うことあるかな・・・。


「えっと、それに、

 私は、ななちゃん大好きだよ?」

「・・・ふぇ?」

「今度一緒に、遊びに行こうね。」(にこー♪)


笑顔は最大の武器である。


ベストは尽くしたッ!

あとは反応を待つだけ。


「・・・どうやら、敵ではないらしい。」

「う、うん・・・。

 そうだったみたい。」


し、信じてくれた!

さすがフィクション。ご都合主義だ!


やっと私は解放された。


「よく見ると、確かに化粧でごまかしているが、

 まだまだ子供ね。

 画質の悪いカメラ越しだから騙されたけど。」


ふん。私の変装術は、カメラの画質も考慮しているのだよ。

それはともかく、もっと仲良くなっておかないと。


「どうも、はるにゃんの友達の、丸上彩。

 今日は縛戸綾音としてきてるけど、

 アヤって呼んでね?」

「あのアヤか。

 私は、墨名舞。

 こっちが妹の菜々」

「まいちゃんにななちゃん!!」


天使が二人舞い降りた!

同じ顔ということは、同じ可愛さということだ。

妹が二人増える!

ドリンクバーのミックスジュース!


「姉様、この人ちょっとおかしいよね・・・?」

「慣れろ。社長であれだ。

 その娘の友人なんて・・・。」

「そ、そうだね・・・。」


何がそんなにおかしいのか。

こんなにも二人を愛しているというのに!!


まあ、あまり引かれてもよくない。

仕事がまだ終わってないし、先に片付けておこう。


「ええと、今回のサイバー攻撃なんだけど、

 もしかして・・・。」

「ええ、私達が仕込んでおいたものよ。」

「ああ、やっぱり。

 どうしよっかなぁ・・・。」


予想はしていたけど、厄介なことになった。

社長には調査報告を出さないといけないけど、

この天使を断頭台に送り出すようなこと、

私にはできない!!


「ちなみになんでこんなことを?」

「お金が足りないから。」

「給料一人分しか出てないんだよね。

 当たり前だけど・・・。」


つまり、マルウェアの駆除はできない。

・・・出来なくない?


飢えて苦しむ妹たちを窮地に追い込む姉がいていいものか。


犯罪者だって生活があるんだよぉ!

いや、これはもう犯罪者ではない。

サイバー攻撃で生計を立てているのだから。


・・・なんだこれは。どうすればいいんだ???


ちらっと横を見る。

ドラム缶がある。

一歩間違ったら私もあの中でドロドロに溶けていたのか・・・。


じゃあ、誰か別の人に犠牲になってもらえばいいのでは?

どうせ不正をしている人間は社内に何人もいることだし、

代わりに処分されたとしても、・・・文句は言えないよね?


「木を隠すなら森の中。

 今回の事件は、別の事件で隠そう。

 それでいいよね、ななちゃん?」

「・・・ふぇ?」

「CEOにしてセキュリティアドミニストレータの・・・。」

「あっ!」


幸い、すべての権限は、ななちゃん、もとい、れんちゃにある。

社長と同等の最高権限があれば、処分を変更することも可能。

事実と異なる処分をして話を終わらせることも、可能なのだよ!


「・・・本当に、敵じゃないのね。」

「まだ信じてなかったの!?」

「『あやはたまに酷いことをする。』という話を聞いていて」


はるにゃんんんっ!そんなことまで話さなくていいからぁぁぁ!


悪かったよ・・・。

焼き肉14万は流石に食べ過ぎだった。


逢乱が全部代わりに払ってくれたけど。


だがぁ、これで問題は解決したのだよぉ?

セキュリティインシデントの落とし所なんて、いつもこう。

事件の全貌も、犯人も、被害状況も、

すべてがわからない状況で決着をつけなければならないこともある。

誰が悪いかはっきり報告書に書けるなんて、

こんなに幸せなことはない!


「そういえば、例の課長さんは?」

「んっ?」

「あっちは、普通に仕事してるんでしょ?

 マルウェア駆除されたりしない?」

「あー・・・。」


まずいのではー?

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