第3話 噂の物件を紹介します
「今までいろんな客が来て、また馬鹿なことやってやがるなぁと、
つくづく思っていたが、思っていたがな?
・・・ここまでの馬鹿はいなかったぞ。」
困っているお客様の私に対して、サイバー攻撃対応事務所の課長
寒江 逢乱は、呆れたように言った。
なんて失礼な奴!
公園のベンチでうなだれているリストラされた会社員みたいな
冴えない格好しているくせに!
何度お手を教えようとしてもアホみたいに舌を伸ばしてアヘアヘしてる
どうしようもないアホ犬を見るような目で、呆れたように言った!
それが、被害者に対する態度か!
どうしてこうなったのか、順番に説明したい。
身に覚えのない取引履歴を発見した、はるにゃんこと、加茂井 春子は、
私の唯一無二の親友である、丸上 彩に相談した。
どうやったら失った3000円を取り返せるかを。
「無理だって。警察でも無理だって。
こんな一市民のはした金。取り返してくれないって。」
口で無理無理言いながら、メガネのフレームをいじいじする彩。
これは彼女の考え事をしている時の癖である。
頼めばいつでも助けてくれる都合のいい女。それが彩。
たまに奇行に走る時もあるけど、基本いい人である。
「取り返せるかどうかわかんないけど、あそこに行ってみる?」
「あそこって?」
「サイバー攻撃対応事務所。」
「サーバー攻撃?」
というわけで、サーバーなんとか事務所にやってきたのだった。
残り1511円。
名前はそれっぽいが、事務所自体は中古のビルを改装したような
もう潰れてると思ったけど、いたんだ。人、
というような、寂れた建物だった。
まあ、柵守町だからね。
時代に取り残されたようなこの町には、
近未来的、現在風な、ガラス張りのかっこいい建物は
かえって浮いてしまうだろう。
「本当にここであってるんだよね?」
「間違いないよ。ほら、看板あるし。」
サイバー攻撃対応事務所と書いてあった。
サーバーじゃなかったんだ。
それなりの大きさのボロビルだけど、他にはどこの会社も入っていない。
こんなところでは仕事もないのだろう。
「ぎぃー。ぎぎぎ。」
「効果音?」
「それっぽいじゃん?」
彩の奇行が始まってしまった。
少し錆びついている扉を開けて、彩が中に入る。
私は、あとに続いて入っていく。
清掃の行き届いていないコンクリートの床。
薄暗さの原因は、ところどころ欠けている蛍光灯。
ここに住む者を考慮しない設計の、密閉空間。
手を伸ばしてジャンプすれば届きそうな天井。
何かのうなる音。中途半端に響く足音。
もはや、お化け屋敷として改装したほうが・・・。
「ゔぇ゙ぇぇぇぁああぁあああ!」
「ひゃああああ!って、彩!ふざけないでよ!」
いきなり振り向いたゾンビの真似をする親友に抱きつかれた。
抱きつくのはいいけど胸を押し当てないでほしい。
格差社会を感じてしまう。
顔に押し付けてきたときは喰いちぎってやろうかと思った。
原点回帰。ゾンビ的発想。
「いやー、思わずゾンビになっちゃったけど、
なぜゾンビは人間を襲っちゃうんだろうね。
一説には生前の姿に戻るべく、生者の肉を求めるため。
もしくは、生まれた時の本能であるという。
赤子が母親の母乳を求めるがごとく、
生者の体に吸い付くが、なまじ歯が生えているがために、
相手の体を食いちぎってしまい、永遠に母乳が飲めない。
となると、生まれたばかりの赤子はゾンビと言えよう。
動物ほどの思考力を持たず、意味の持たない奇声を発し、
乳を求めてのろのろと動く姿は、まごうことなきゾンビである。
だが、赤子というものは本来自ら食べ物を探す生き物ではない。
鳴き声により周囲の人間に食べ物を運ばせる生き物である。
不快な大声を出すことで、自分の欲求を満たすように
周囲の人間をコントロールできる。
つまり、ゾンビは2種類いることになる。
人を襲うタイプと人に命令するタイプ。
人を襲うタイプは、行動範囲が広く、
不特定多数に被害が出るため駆除されやすい。
しかし、人に命令するタイプは、行動範囲が狭く、
周囲の人間以外には被害が出ないため駆除されない。
不死身の肉体を持って長々と居座り続けるのである。
ということは、一見平和に見えるこの世の中に
人に命令するゾンビがいても気が付かない。
そればかりか、人間に危害を加えない赤子の如きゾンビは、
駆除することが、人道的に、不可能なのである。」
これが彩の奇行。
見えない誰かに向かって何かを話し始める。
今日は絶好調だ。
「このゾンビに対して人間の取るべき最善手は・・・。
ああ、たぶんここじゃない?」
「ここ?壁にしか見えないけど」
「ほら、なんか光が漏れてるし、周りより壁の材質が新しいよね?
通路を見張るはずの監視カメラが、壁を見張っている。
つまり、どこかに来客用のベルか何かが・・・。」
壁を叩きはじめる彩。
こんなところに住む変人に会って大丈夫か不安になる。
ほどなくして、壁が動いた。
壁ではなく、自動ドアだった。
・・・この会社は仕事をする気があるのだろうか。
彩がいなかったら、私は入り口がわからず帰っていた。
「要件は?」
男の声だ。
部屋の中も薄暗かった。
謎のケーブル。ケーブル。ケーブル。
電源コードのジャングル。
メタルラック。ダイニングキッチン。テーブル。
時代遅れのパソコン。機械。
「フィッシングメールを開いて、金を盗まれました。
と、ここにいる人が言ってるんですが、
何とかなりませんか?」
「無理だ。」
「そうですか。ありがとうございました。」
「ちょっ・・・!」
「何?」
「なんですぐあきらめちゃうの!?」
「いや、無理って言われたし・・・。」
そんな言葉を聞くためにここに来たんじゃない!
盗まれた3000円を取り返してもらいに来たんだから!
と、心の中で叫びつつ、
未だにこっちを向かずパソコンとにらめっこしている
時代遅れの男に話しかけることにした。
「あ、あのですね?
なんか騙されて私のお金が盗られちゃったんですよ。
それで、」
「取り返したい。と、言うんだろう?
無理だ。」
この男、依然変わりなく、私に背を向け続けている。
だからそんな言葉を聞くためにここに来たんじゃない!
「なぜならそのお金は盗まれたのではなく、
お前が自らの意思で支払ったものだからだ。」
いや、違うし。
気が付いたらお金が減っていたという事実。
これを盗まれたと言わなかったら何というのか。
「すみませーん。
この子サイバー攻撃被害者初心者なので、
何が起きたか教えてあげてくれませんかー?」
「教育は専門外だ。」
「説明をよーきゅーするー。」
彩の壁ドン。
明かりがついた。
一応、この部屋にも照明があったらしい。
さっきよりも部屋の中がよくわかるようになった。
サイバー攻撃対応事務所、事後処理課。
定休日は水曜日。
まさに今日だった。
なるほど。扉があいてないわけだ。
「寒江 逢乱だ。
で、何から話せばいい?」
やっと男、寒江がこっちを向いた。
休日に仕事を依頼して怒らない人の方が珍しいよね。うん。
警察より怖い人に話しかけてしまった。
でも、私は困っているんだ!
休みだろうが関係なく助けてくれるのが人間の優しさというもの。
「こ、このメールなんですけど・・・。」
おそるおそる私のスマホに届いたフィッシングメールをみせる。
寒江は獲物を狙う禿鷹のような鋭い眼光をスマホに向けた。
向けたのだが。
・・・数秒後には、渋滞に巻き込まれて数十分変わらない目の前の風景に
嫌気がさしたような雰囲気になり、深いため息を一つ。
頭を掻き、目を閉じて頭を振り、
またため息を一つ。
そして、こっちを見て、こう言った。
「今までいろんな客が来て、また馬鹿なことやってやがるなぁと、
つくづく思っていたが、思っていたがな?
・・・ここまでの馬鹿はいなかったぞ。」
なんて失礼な奴!
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