オバテク娘を父親に紹介する

「無言の肯定と受け取らせていただきます。掘り下げて話すと、4次元移動には座標情報に追加して、『指定した座標が量子情報受け取り可能かどうか』という条件が必要になります。2000年代ですと、それがネットワーク回線の出入り口…つまり、『ネットワーク回線につながった電子機器』になります。幸いにも、WEDO設立時、情報送信先ならびに試験回路として赤塚先生がご自身の自宅の座標とそのIPアドレスを登録されており、2067年の段階でもその情報は健在でした。WEDO管理官はこちらのお宅が『ランディング可能かつ2017年当時で常識の範囲外である未来的事象に理解を得られる』と判断、一縷の希望にかけて、私をこちらにランディングさせるよう、取り計らいました。」

ものすごいスピードでいろんな情報が流れてくるが、申し訳ないが半分くらいしか理解できていない。心の底で「流石に違うだろう」と決めつけていた未来人の存在をいとも簡単に証明されてしまった…その事実が、ボクの事実理解の速度を下げている。せめて一言、「ね、よくできた作り話でしょ?」と、目の前の少女がクールそうな雰囲気に似合わずけたけた笑い始めれば…もう少し物事も理解しやすかったろう。


「あの…ご理解いただけていますか?とてつもない話だということは私も理解していますが…」

これまでのハキハキした説明から一転、少し心配そうに木場さんが声をかけてきた。ボクは未来人に心配されるほど、心ここに在らず、だったらしい。とりあえずフォローしよう。

「いえ…大丈夫ですよ。未来人のあなたが、何とかウチを特定して、その、ランディング?されたんですよね。大まかには、理解しました。」

理解したくないけど。

「ありがとうございます。管理官の目論見通り、ランディングは成功しました。その…物理的に成功したかはともかく。まさか野外に放り出され、慣性でご自宅に突入することになるとは、想定外でしたが。」

ウチを特定したはいいが、飛び出してみると外だったと。そして飛び出した勢いでチャリごと2階に突っ込んだと。ここまで話を聞くと、チャリで突っ込んできたことすら小さく感じる。あーなんか理解できてきた。

「もしかして、その前に電話が鳴って、変な音がしたのも、木場さんが掛けてきた、とか?」

「私ではありませんが、多分管理官が。ランディング予定地が2017年当時実在しているか、を確認したのでしょう。電話…第ゼロ世代通信網に対応した通信方法であれば、原則どんな形であれ量子情報の受け取りが可能なので、そのテスト送信をしたものと見られます。」

よくわからないけど、某SF映画みたいだな、とも思った。電話を取ったら人物が送り込まれる。まぁあの映画は仮想世界の話だけど。

「…とりあえず、あなたがなぜ未来からウチに、その自転車…ジャンパーでしたか、それに乗ってきたか。大枠は理解しました。で、ウチの父親に連絡を取りたい理由っていうのは?」

「無論、2067年へ戻る方法をご教示いただくためです。」


とりあえず、両親にはビデオ通話したい旨を連絡した。すぐに母親から、父親が帰ってきたら折り返す、と返信が来た。

本人が望むように父親に取り次いだけど、本当に大丈夫なのだろうか…もちろん紹介するのは簡単だ。「父さん、こちら木場さん。2067年から来たんだって。すごいよね!」しかし、道行く人にそんな話をしてみてほしい。真っ先に「それなんてSF?」と聞かれること請け合いだ。たとえ、ウチの父親が最新研究に詳しく、何がしかタイムワープの方法を知っていたとしても、にわかには信じ難いだろう。

そもそも、普段はどうやって元の時代に戻っているのか。1945年に遠足に行って、どうやって戻るつもりだったのか、先に木場さんに聞いてみたところ、「普段はポータルが設置されているので」と返答された。曰く、過去から現在、世界の様々な箇所には「ポータル」と呼ばれるタイムワープの出入り口があるらしい。普段はそこの出入り口に離発着するので、今回のようにチャリでダイナミック着地やら、未来人をにわかに信じられない一般人の前に現れることやらはないらしい。木場さんが例えるには「あなたの時代には空港がたくさんありますよね、飛行機が出入りする。今回のお話では、私という飛行機が、空港ではなく市街地に不時着した、ということです。」とのこと。とんでもねぇ大惨事だな!

一人前に知的好奇心はあるので、「そのポータルはそもそもどうやって設置したのか」とか聞いてみたが「初回の航路設定では、ランディング予定の時代や場所を詳細に走査した上で、ジャンプ元となる私たちの時代を擬似的に絶対座標として、二箇所から同時にダイバートします。そうして仮指定したランディングポイントに第三者次元から俯瞰を行うことでポータル化します。」と言われた。もう掘り下げないでおく。


今回の不時着(本人にそう比喩されたので、それにのっとる)に関しては、そうした「イチからポータルを開くのが絶望的な場所」らしく、木場さんの時代から救出してもらうのはかなり困難らしい。それは、時代や場所と関連しているのだとか。

「ポータル開設ができるなら申請しています。WEDO管理官も掛け合ってくれましたが、2017年にポータルを開くことは次元航行の技術そのものの発明を逆説的に否定してしまう可能性があり、WEDOとして拒絶を受けました。」

いわゆる「タイムパラドックス」だろうか。SF映画でよくある、親を事故から救えなかったから、自分が生まれなかった、存在が消えた、みたいな。んじゃあポータル開いて木場さんが帰った後にポータル撤去すりゃいいじゃんと思い、提案したが、即座に却下された。どうやらできないらしい。なんなら、却下するときに木場さんがちょっとイラっとしていた。軽く舌打ちもされたような気もする。過去人が簡単に意見しすぎたのかもしれない。ちょっと反省。


木場さんは木場さんで、ボクの父親に自分の説明をどう行うか考えていたようだった。未来と通信(だと思う。詳細は教えてくれなかった。)しつつ、いろいろと自己の存在証明だとか、現時空に提示可能な情報がなんだとか、自問自答していた。話を聞いている限り、頭はいいらしい。未来人スタンダードなのだろうか。そして最後にこう投げかけられた。

「あなたのスマートフォン、お貸しいただけますか?」


時間も19時を過ぎたあたり、母親から連絡があった。父親が帰って来たらしい。木場さんにもその旨を伝え、カメラのついたPCのある、父親の書斎に来てもらった。書斎は相変わらず、半壊状態だったが、PCは問題なく使用できた。割れた窓が大開放状態だったので、雨戸を閉めて対応。何とか状況を整え、父親とビデオ通話を開始する。


「どうした?父さんの声が聞きたくなったか?そろそろお前も親離れしろよ~!」

通話開始と同時ににかにかと笑う父親の顔と、朗らかな声が聞こえてきた。その後ろには、テンションの高い旦那をやれやれと見つめるウチの母親。基本、ウチの家族は仲がいい。なんでも話せるので、いろんな相談に乗ってもらうこともしょっちゅうだった。しかし…これほどまでに切羽詰った(とボクは思うんだけれど。)話をしたことはない。

「父さん、急にごめんね。ちょっと話したいことがあって…あのさ…未来人って信じる?」

最初から木場さんを紹介すると「両親に彼女を紹介する」と同じ構図になってしまうのでそれは避けた。まずは木場さんにはカメラアングル外に出ていてもらい、父親に軽くジャブを打つ。いわゆる「前置き」だ。これで父親が爆笑して否定でもしてくれたら…

「英樹、それってマジな話?」

少しトーンを落として返す父親。

「マジ…だと…思うよ、ボクは。」

そもそもマジかわかんないから連絡してるんだから。

「ふぅん……父さんの立場としては、否定するわけにはいかないんだよな…」

父親が回りくどい言い方をした。

「それってどういう意味?」

「父さんの研究の話はあんまりしたことがなかったと思うが、ざっくりいうと『タイムワープができるのか』に関するものだ。もちろん俺がタイムマシンを開発するわけじゃない。俺がやっているのは基礎研究、ってやつだからな。その研究をもとに将来誰かが、タイムマシンでも作ってくれればいいなー、とか思いながら、インドくんだりまできて仕事してるわけよ。」

一人称が俺になる…父親が自分を語るときの癖だった。やや茶化した話しぶりだが、言わんとするところは本音なんだろう。

「そんな俺が未来人を否定してみろ、遠回しに自分自身の研究を否定することになるだろ。いつか俺の研究を土台に、だれかが時間を飛び越える方法を現実のものにして、そんでもって、いつかのだれかが時間を飛び越えてやってくる…そういうことも起こるんじゃないかな…起こってほしいな…とは思うぞ。」

父親の言いたいことはわかった。おおっぴらに「未来人はいる」とは言えなくても、そうあってほしいと心の底では願っている…その気持ちを聞いたら、ボクはなおさら、木場さんを紹介しなくてはならないだろう。気持ちは決まった。


「あのさ…父さんに紹介したい人がいるんだ。」

自分でも笑っちゃうくらいに使い古されたフレーズだけど、ここまでの前置きがあったから、両親は少なくとも「彼女を紹介する」ような文脈でないことを理解している。いつのまにか、父親の横に母親もならんで、画面越しにこちらを見ていた。


意を決して、木場さんを画面外から呼び込む。

木場さんは、なんだか決意を感じる目で画面の向こうを見て、一礼した。

「こちら、木場さん、ウチに来たんだけど。未来の…2067年から来たんだって。」

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【更新停止中】オーバーテクノロジー娘、現代トーキョーを征く あらた暁 @alata_a

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