オバテク娘の身の上話を聞く
赤塚家・居間―
チャリで未来から来たという少女と、乗ってきたロードバイクが並んでいる。
そして相対するは、両親不在で家庭の全件を委任されているボク。
正直なところ、全く理解ができていない。未来から来て、ウチの父親と話がしたいなど、夢にも見たことがない。そして、世界の物理法則を無視して2階に乗り込んできたであろう自転車。この点も全く状況が呑み込めていない。完全にボクの頭だけが置いてきぼりを食らっている。
しかし、何かに説明をつけないと状況は好転しない。そして、その説明ができるのは目の前の少女だけだ。なので、とりあえず居間に降りてもらって、話を聞くことにした。まだ強盗の線も捨て切れてないけど、話がしたいという相手を問答無用で木刀で殴るほど、バイオレンスなボクではない。とりあえず木刀は横に立てかけてある。
居間の明かりに照らされれば、少女とロードバイクの細かな部分が見えてきた。少女は真っ白でぴっちりとした、いわゆるライダースーツに身を包んでいる。ただ、少し目立つのが、いくつかの機械のようなもの。左腕に一つ、右ひざ下にもう一つ、小ぶりな弁当箱のような機械がついている。また、一番目立つのが襟巻きというのだろうか、少女の首に巻きついているやや蛇腹形状の機械だ。ボクは日本史の資料集で似たようなものを見たことがある。たしかラッフルといったか、室町時代のキリスト教徒がつけている白い蛇腹のアレに近い。
そんな少女は先ほど「座標を確認するので」とか言ってから、ずっとその襟巻きに手を当てて、何かを見ている。たぶん、だけど、何かが少女の目の前にホログラムのように映されているのではないだろうか。スマートグラスのように。せわしなく目を動かして何かを読み取りながらぶつぶつ言っている。邪魔をするのも心苦しいので、声はかけない。だが、その佇まいに未来人かも…と感じたのは確かだ。あるいは某IT企業のスマートデバイスの試験中とか。少なくとも、ボクが見知ったような機器ではない。
他にやることもないので、今度はロードバイクを観察してみる。まず、ボクの知る自転車と大きく異なっているのが、ペダルがない。これはどうやって動くのだろう、原付に近い構造なのだろうか。代わりに、自転車の前輪の軸にあたる部分に足置きのようなパーツがついている。あそこに足を置くのか…確かに、サドルもあるし、さっき少女が自転車を2階から下しているときも、からからと車輪が回っていた。ペダルがないこと以外は、普通の自転車のように見える。
こちらの自転車にも、弁当箱のような、未来の機械と思しきパーツがついていた。一般的なロードバイクならライトがついているような、ハンドルの直下にひとつ、それと後輪の両サイド、普通の自転車なら反射板がついているような場所に、ひときわ大きなパーツが左右に一つずつ、備わっていた。この機械が相当大事らしく、少女を居間へ招くときも、「こちらはモデムとして手放せないので」とか言われ、自転車を居間まで運び込むことになった。階段を降りるとき、大きな自転車を取り回すのにひと苦労だったのは言うまでもないが、重そうな自転車を少女が軽々と持ち上げたのには驚いた。見た目以上に軽いのか、それとも未来では年頃の少女も成人男性並みの膂力を備えているのか…真相はまだ見えない。
そうこうしていると、少女がせわしない目の動きをやめ、先ほど注いでやった麦茶に口をつけた。どうやらひと段落ついたらしい。麦茶を軽く飲んでから、こちらへ向き直る。
「それで、赤塚先生のご子息の方、今日は西暦2017年4月28日、ここは西トーキョー市で間違いないでしょうか?」
ご子息の方、っていうのやめなさいよ。ちゃんと名乗ったでしょうが。
「そうですよ。座標が何とか、っておっしゃいましたけど、解決しました?」
ツッコむのもやめて、答える。ツッコんだからと言って、目の前の疑問の解決にはつながらないからね。
「解決しました。調査の結果、自分の状況が確定できましたので、ご説明できます。」
ようやく彼女の方もスタートラインに立てたようだ。やっといろいろ質問できる。
「じゃあ改めて。ボクは先ほども名乗りましたが、赤塚誠の息子で、英樹といいます。お名前と、なぜウチにいらっしゃったか、教えてもらえますか?」
取り急ぎ聞きたいことは2つある。目の前の少女が何者か。そして、なぜウチにきて「父親を紹介しろ」というのか。チャリで来た話とかも聞きたかったが、理解すべき事項が増えていくので、とりあえず聞くのはやめる。
「私の名前は木場ミナミ。プロパティネームだと木場=エイスクロア=ローランド=シンシア=ミナミです。2050年生まれ、17歳、2067年から来ました。」
「ん?ん?」
思わず声が漏れた。首から上は大和撫子という言葉が似合いそうなのに、ものすごい名前を名乗られてしまった。
「あぁ、2017年ではプロパティネームは施行されていないんですね。2067年現在、ニホン、いえ、全世界では一般的な名前にいくつかのプロパティネームを付属させることで、自身の所属するサーバ、地域、血族等を明示する取り決めになっています。具体的にはエイスクロアが」
「いやいいです、説明は。何となく、本名とか、ミドルネームとかで、理解しましたから。」
「そうですか。」
こんなところで話の腰を折っていてはいつまでたっても話が進まない。個人的には話を聞きたかったが、とりあえず名前と年齢が聞けた。それで十分だ。
「で、木場さん。その…2050年生まれのあなたが、なぜ、ウチに…?」
2050年生まれ…口に出すとその突拍子もないワードに変な笑いが出そうになるが、ぐっとこらえる。この木場ミナミなる人物が未来人か、確定してもいない。もしかしたら超絶なガジェットオタクで、ヤバい身なりの上でヤバい未来人設定のセルフプロデュースをしている可能性もある。が、とりあえず話を聞く。
「そのお話をする前に、2067年では、4次元移動…この時代でいうと…そうか、タイムワープが可能になっています。私も2067年では、高等教育課程…この時代では」
「高校生ですかね。いいですよ、ご自身の時代の言葉で。大体、わかりますから。」
木場さんは、難解な言葉を口にするたび、目を泳がせてはボクで理解できる言葉に置き換えて説明しようとする。自分の頭の中で言葉を探しているのか、装備している機器に「もしかして:タイムワープ」みたいなサジェスト機能があるのか。どちらにしても時間を取りそうなので、自分の言葉でしゃべってもらう。わからない言葉は後で聞けばいい。
「そうですか、感謝します。私は高等教育課程の一環で、『4次元移動し、日本近現代史を体感する』という授業のため、1945年のニホンに移動する予定でした。第2次世界大戦の惨状を見つめる、という授業です。」
「なるほど。」
理解はしたが、未来はどうやらすごいことになっているらしい。タイムワープして日本史を体感する…考えただけで感涙モノだ。歴史を五感で体験できれば、さぞ歴史研究は進むだろう。もちろん、「敗戦の惨状を見る」というのはなかなかに重い授業だろうが…
「私はクラスタの仲間たちとこのジャンパーに乗って4次元移動を行っていました。しかし、移動の最中、突如航路設定機能に異常が発生し、オーバードリフト状態に入ってしまったのです。予定されていた次元航路から大きく外れ、完全な次元喪失状態になりました。」
チャリを見つめながら話をする木場さんに、軽く相槌を打ってみる。細かいことはわからないが、このジャンパーと呼ばれるチャリに乗ってタイムワープをしていたところ、チャリがバグって時空をさまよった、といったところだろう。オーバードリフトと次元喪失ね…心の中でメモったので、後で意味を聞いてみることにしよう。SFは好きだからね。
「次元喪失状態では、元いた時空…私の場合は2067年のニホン、オーミラへの引き返しは原則不可能です。座標を喪失しているので。そこで私は、
オーミラ、WEDO…聞いたことのない、多分イチから説明を受けるべき用語がいくつか出てきたが、ふんふん、と首肯する。50年などさほど遠くない未来かと思ったが、いろいろとニホンは変わっているらしい。オリンピックの影響かな?
とりあえず、木場さんは「元いた場所に戻れないから、どこでもいいからニホンに戻ろう」とした、ということだろう。
「WEDOで管理していた座標の中で、最も確度が高くランディングできそうな座標が、2017年4月の赤塚先生のご自宅でした。」
「ちょっと待ってください。なんで急にウチが出てくるんです?」
ここまではそれなりに腑に落ちていたが、父親が話に出てきたのでさすがに割って入った。明らかなSF的文脈だったので「お宅にお邪魔したくて」というような情報がひどく浮いて聞こえたからだ。
「確認したところ、赤塚先生、現在インドにいらっしゃいますよね?」
「え…?」
しかし翻って踏み込まれたのはボクのほう。急に切り込まれて驚いた。確かに両親はインドにいる。しかし、表向きはヨーロッパの研究機関に移籍したことになっている。赤塚誠がインドにいることは、ウチの家族、インドの研究チームのメンバー、学会のお偉方しかしらないとのことだった。何故なら…
「赤塚先生は、新たにインドに立ち上がる国際機関で、素粒子部門の主査をされているが、公にはヨーロッパの研究機関にいることになっている。何故なら、その新機関がWEDO…国際次元研究開発機構だから。」
木場さんの言っていることは正しいはずだ。新機関立ち上げは各国の干渉を避けるため、完全に秘匿されたプロジェクトなのだと、ボクも父親から説明を受けた。その時は、父親が「また各国の金を使って好き勝手研究ができるぞう!」と喜んでいたので、はいはい、と軽く流していたが…まさかこんなところで繋がってくるとは。
この人、マジで未来人なのかよ…
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