オバテク娘がチャリで来た

2017年、春―

ウチの父親が急きょ海外転勤を言い渡され、赤塚家は騒然となった。しかしあっさりと母親が「アタシも行くから」と父親提案の単独海外赴任を却下。2日ほどで二人分の荷物をまとめ、海外へと旅立つことになり…突然来て突然去った嵐の後、昨日までにぎやかだった一軒家にぽつんと取り残された15歳…それがボクだった。


そりゃあ一人暮らしは不安だったし、その不安を母親にぶつけもした。しかし母親は一言「困ったらメッセ送って。このご時世、全部遠隔で解決できるから!」とサムズアップ。赤塚家を十余年仕切ってきた母親に押し切られるまま、一人暮らしは決定した。いや実際、なんでもメッセで聞いたらすぐに返答あったけども。基本は慣れれば全部解決したので、母の力は偉大だね。


そうして高校生活にも慣れはじめ、一人暮らしにもようやく慣れ始めた4月末。ゴールデンウィークが明ければ部活も決めなきゃいけないな…とぼんやり思いながら、学校から帰宅。せっせと溜まった洗濯物を片付けているときに、事件は起きた…


プルルルル…

居間の固定電話が鳴ったのだ。はて誰から、と考えながらおもむろに電話に向かう。母親からの国際電話か?いや、普段からメッセージ送れというような母親だ。「息子の声が聞きたくて」ということもないだろう。じゃあなんだ?営業電話の類か?あいにく自分に益のない話を聞くほど寛大な心でもないので、さくっと切っちゃうか……


今思うと、あの電話は取っちゃいけなかった。とはいえ、予測など全くできなかった。「電話を取ると未来人が家に来る」なんて考えないでしょ、普通。


「もしもし、赤塚ですが」簡潔に名乗る。相手が名乗ることを期待したが、全く予想もしていない音が聞こえてきた。

―ピポパピポポピ…ピーー、ピーーー、ヒョロロロー

完全に頭が真っ白になる。なんだこの音、電話のプッシュ音がしたかと思えば、ややけたたましい電子音に変わり、ひょろろろ、と何か生き物が悶絶する音を電子で再現したかのような音が流れる。あっけにとられている間も、音は続く。

―ヒョロロロー…ピーガッ、ブピーーーピーガーガーガーーー…ッブッ…ツー、ツー、ツー

今度は明らかに聞くに堪えない音。電話のスピーカーが壊れたんじゃ、と思ってしまうような音が数秒続いた後、接続が終了したのか、聞きなれたツー、ツー、という音に変わった。なんだろ、電話回線の不調か何かか、あるいは国際電話がうまく繋がらなくて変な音がしていたか…とりあえず通話は終わったようだったので、受話器を置く。

この音、某未来人が後で教えてくれたことには、「ダイヤルアップ接続」という前時代の通信方法の音らしい。昔は電話回線でデータ通信を行っていて、その接続を開始するときに、あのような機械音がするのだとか。未来から来たくせに、そういう技術史的なところに詳しかったりするのだ、あの未来人は。


とはいえ、そんな知識のないボクには、電話の不調としか思えない音だった。固定電話を使うことも稀だし、とりあえずこの状況は保留、機会があれば父親に話してみるか、と自分なりに説明をつけ、家事に戻ることにした。


しかし、次に耳にした音は、明らかに即時対処を求められる、物騒な音だった。

―バリーン!ガラガラガッシャーン、ドンッ!!

2階…ちょうど父親の書斎があるあたりから、相当大きな物音がした。これにはかなり驚いた。一人暮らし、誰もいないはずの2階、ガラスが割れたような大きな物音…合理的に考えれば強盗か、あるいは隕石か。どっちにしても穏やかではない。ボクは、最悪の状況、強盗が押し入ったのではないかと想定し、行動をとる。手元にあった木刀(父親が旅行先で買ったものを母親が護身用に居間に配置していた)を手に取り、ゆっくりと廊下から階段へと進んでいく。とはいえ、ボクには剣道や護身術の心得はない。武器を持ったからと言って戦えるか、強盗を撃退できるかは全く持って懐疑的だ。しかし今から警察に電話したとしても、その前に強盗に見つかってしまえば自分の命も取られかねない。であれば、強盗でないことを祈りながら、まずは状況を確認をしなければ…いろんな感情がめぐって心拍数を上げながら、ボクは2階にたどり着いた。


2階ではまだガタガタと物音がしている。少なくとも侵入者は生きているということだ。これで隕石の線はなくなった。強盗か、あるいは方向感覚を失った鳥が突っ込んできたのか。できれば鳥であればうれしい。というか、強盗であってくれるな…!にしても、何で強盗は2階から入ってくんの?確かに父の書斎は電信柱のそばだから上ってこられるけど、普通そんなことするか?勝手口から入ってくるのが一番強盗にとってもリスクがないだろう…と、いうところまで考えが及び、「書斎に乗り込んできたのは一体誰なのか?」と思案がスタート位置まで戻ったのと、書斎の扉を恐る恐る明けたのは同時だった。


書斎を開けると、手前は父のパソコンや本棚がいつも通りに並び、奥に目線を向けると、軽く埃が舞っているなか、夕日が割れた窓から差し込んでいるのが見えた。そして、自転車…ごてごてした立派なロードバイクが書斎に停まっている。父にはサイクリングの趣味などない。となると、この闖入者が持ち込んだものだが…なぜ2階に自転車?どうやって持ち込んだの?疑問がさらに加速する中、夕日に背を向けてすっくと人影が立ち上がった。身長はボクと同じくらいか。ロードバイクによりかかりながらこちらを見つめたかと思うと、開口一番

「こちらは赤塚さんのお宅ですか?」

と訊いてきた。


「はい。」

後から思うと、なんと間抜けな対応だったろうと思う。しかし、突然の破壊音、強盗?らしき人物と持ち込まれた自転車、理解し消化すべき事柄が山積みだったボクには、肯定しかできなかった。だって、ウチは赤塚だし、嘘ついてもなぁ…と思っちゃったし。


って、いやいやいや、何で上り込んでから訪問先を確認してんの?順序逆でしょ?そしてそういう確認はインターホンの前でやるべきでしょ?…いろいろ聞きたいんだけど、全く持って状況に追いつけていないので、言葉にならない。しかし、侵入者はさらに質問を続ける。


「そうですか、よかった。ではあなたが赤塚誠あかつかまこと先生ですか?素粒子物理の」

「いえ違います。誠は父ですが」

とりあえず理解可能な情報が出てきたので即答する。誠はウチの父親だ。先月までこの書斎で研究と、趣味のゲームに明け暮れていた、その分野では国内外で有名だと言われる、父親。にしても、何でこの人物が父のことを聞いてくるのかがわからない。物理学者の書斎に窓からツッコむことが趣味なのだろうか?自転車で?

考えただけで常識と物理法則を超えている。

そしてようやく頭が追いついたが、声の主が女性だとわかる。顔は相変わらず逆光で見えない。でも、よくよくみれば黒い、長い髪が確認できる。


「ではあなたは?木刀など持って、強盗ですか?」

「違います。赤塚誠が父だと言ったでしょう。息子の英樹ひできと言います。何か父にご用でしょうか?」

完全に気が動転していたのだろう、相手のボケに即応しながら、律儀に名乗ってしまった。そして、そろそろこの馬鹿げたやり取りを終えたくて、用件を聞く。これで「父の研究成果を盗みたい」とか「書斎を破壊したい」とか言ってきたら、それはそれで断固拒否するが、そもそも相手の目的がわからないと相手の行動の理解もできない。めちゃくちゃになった書斎にも、書斎に不釣り合いなロードバイクにも。


耳を澄ませて相手の応答を待つ。すると、相手はゆっくりと口を開いた。

「では現在の赤塚先生にお取次ぎを。私は未来、2067年から来ました。」


へー、未来から。たいそう遠くからおいでなすったんですねぇ。しかもロードバイクを他人の家の2階に乗りつけて。さぞお疲れでしょうお茶でも出しましょうか…



なるほど、意味が分からん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る