第3話 レイ・ダッシュ
【絶叫の峠】。そこは今から1000年ほど昔に、不滅の魔王と英雄が雌雄を決するために、1週間にも及ぶ闘いを繰り返したと言われた地であった。
歴代の
「ふひひっ。ドクター・バイロンもヒトが悪いのでゴザイマス。たかだか、不良品のマテリアル・レイを始末するために、わたくしを派遣しなくても良いモノを」
【絶叫の峠】は両脇を切り立った岩壁に挟まれていた。その岩壁の頭頂部分に、色白な肌に金色の短髪。細身でありながらも、程よい筋肉をその身に備えた少年が優雅にたたずんでいた。
その少年は、その岩壁の頭頂から、まるで階段をひとつ、降りるかのように軽やかに何もない空間に足を踏み出す。もちろん、その男は重力に逆らうことは出来ずに、垂直に【絶叫の峠】へと堕ちていったのだった。
☆☆★☆☆
ズドオオオーーーンッ!
レーン・アーツたちは、その重低音を耳にした時は、落石だと想っていた。【絶叫の峠】の岩壁は昨今、風や雨により風化が顕著となっていたからだ。そのため、岩壁の一部が剥がれ落ちて、運悪く、自分たちの部隊に被害が出たのだと、レーン・アーツは想ってしまったのだった。
だが、岩壁から堕ちてきたモノ。その正体に気付いたのは、彼が絶命する間際であった。
「ん……。レイ・ダッシュ。あなたがやったことに後悔はないのかしら?」
「ふひひっ。後悔? 後悔という概念が、わたくしには理解できないのでゴザイマス。しかし、【
「ん……。そんなの当たり前よ。彼らはボクたちと違って、所詮はただのニンゲンよ。
「ふひひっ。まるで自分がバケモノかのような言い草なのでゴザイマス。わたくしたちは、進化したニンゲンなのでゴザイマス。そこにハラワタを剥き出しにして、死にかけているゴミどもと一緒にされては困るのでゴザイマス」
レーン・アーツは焦点の合わぬ眼で、少女と少年の会話を聞いていた。レーン・アーツはうつろな眼で地面に突っ伏したまま、首を左右に振って、辺りを視認する。彼の眼に映ったのは、【
あるモノはまるで頭がスイカのように破裂していた。またあるモノは、真っ黒い炭の塊となっていた。そして、その真っ黒い炭の塊はレーン・アーツの眼の前で、
「ああああああああああアアアアアア嗚呼!」
レーン・アーツは泣いた。哭いた。【
周りは彼女が居るのに、自分だけは独り身で、このまま死ぬまで女の味を知らずに死ぬのでは? と危惧していた、アルカマン。あいつは「女が欲しいんじゃありません! 自分は彼女が欲しいんです!」と豪語し、レーン・アーツがいくら娼館に誘おうが、決して首を縦に振らなかった。
自分、今度、子どもが産まれてくるんですよ。隊長の名前をもらって良いですか?とレーン・アーツに言ってきていた、歩兵部隊の副隊長のオッド。
そいつら全員が死んだ。【絶叫の谷】の上から降ってきた、あのクソガキに全員殺された! レーン・アーツの心はドス黒い闇に堕ちるのも当然であった。
「ファス。アルカマン。オッド! お前らの仇は絶対にとってやるからなああああああああ!」
レーン・アーツは、自分の横で倒れるシン・スー・リンの手から、弓矢を奪い取る。シン・スー・リンは、身体の所々から血を流していたが、まだ息はあるようであった。何故に、彼だけ生き残っているかは、レーン・アーツにはわからなかったが、それだけがレーン・アーツの最後の希望であった。
レーン・アーツは、よろよろと立ち上がり、シン・スー・リンの愛用の弓の弦を引き絞る。
「おや? ハラワタを剥き出しのままに起ち上った奴がいるのでゴザイマスネ。これは驚きなのでゴザイマスヨ? ふひひっ!」
「ん……。レーン隊長さん。無理をしてはダメ。ボクの力で、一命を取り留めたのだから、治療を行えば、まだ助かるはずよ」
しかし、レーン・アーツには既に、眼の前の少年と少女の声はまともに届くことはなかった。
「何、ゴチャゴチャ言ってやがるんだぜ! 俺の大切な家族を皆殺しにしやがって! 絶対に、お前を殺す! 俺の全てと引き換えにしてでも殺してやるっ!」
レーン・アーツは通称:【
死ね。死ね。死ね。死ね!!
しかし、レーン・アーツの願いは天に届くことはなかった。マテリアル・レイが【レイ・ダッシュ】と呼んだ少年の口から何かの音が漏れ出すと同時に、矢はその勢いを殺されて、地面にポトリと落下したのであった。
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