第2話 レーン・アーツ

 天帝暦1206年 2月30日 晴れ。この日、俺様が率いる部隊に「あるひとりの少女を、指定の位置にまで無事に送ってほしい」との指令が通達される。


 俺様の部隊は【皇帝カイザー付き第7遊撃部隊】と言う名前である。この国の皇帝カイザー・アグリッパ―は正規軍とは別に、自分が直接に運用を決定することが出来る遊撃部隊が7つあった。そのひとつが俺様の部隊である。


皇帝カイザー付き第7遊撃部隊】は1年前に新設された部隊であった。そもそもとして、遊撃部隊は、国を守るための国立帝都軍とは、まったく目的が違っていた。この大陸にはニンゲンが住める領土は極端に少ないのだ。時の皇帝カイザー・アグリッパ―はその現状を嘆き、少しでも、国に住む人々の生活圏を広めようと、皇帝カイザーの冠をその頭に乗せてから、魔物たちと連日連夜、戦い続けてきたのである。


 俺様は24歳となったその日に、皇帝カイザー・アグリッパーが住まう宮殿に呼び出され、【皇帝カイザー付き第7遊撃部隊】の部隊長に任命されたのだ。まあ、そこは俺様が同期の連中に比べて、武術においても、部隊の運用においても、秀でていたからであろう。


「しっかし、なんで栄えある【皇帝カイザー付き第7遊撃部隊】がこんな小娘ひとりを【絶叫の峠】に連れていかなきゃならないんだぜ」


「はははっ! アーツ隊長。そんな脅すように言わなくても良いじゃないッスか。ほら、隊長が機嫌悪そうにしているから、おいらの後ろに隠れちまったッスよ?」


 レーン・アーツが部隊の中で一番信頼している副官・シン・スー・リンであった。彼はレーン・アーツとは違い、物腰柔らかで、いつもニコニコと笑顔を絶やさなかった。歳はレーン・アーツの2歳上で、現在、27歳であった。


「ちっ。お前はさすがにガキの面倒には慣れているみたいなんだぜ。3歳の娘を持つやつは、違いますねえ?」


「はははっ! なら、隊長も結婚したら良いッス。我が子ってのは、とてつもなく可愛いもんッスよ? 他の小生意気なクソガキも許せるようになるッス」


 けっ。言ってろと想うレーン・アーツであった。【皇帝カイザー付き第7遊撃部隊】は戦車2台、70人の歩兵部隊、20人の騎乗部隊の3部隊で構成されていた。もちろん、部隊長であるレーン・アーツと、その副官であるシン・スー・リーンは同じ戦車に搭乗していたのである。


 戦車は4人乗りであったが、その場に似合わない少女が乗っているために、戦車の荷台部分は手狭も良いところであった。さらにレーン・アーツをイラつかせるのは、その少女がシン・スー・リンには懐いているようだが、自分には明らかに忌避の色を眼に映していたことだ。


「ちっ。なんだって、俺が14歳程度のガキのお守りをしなきゃならんのだぜ。これが皇帝カイザーの命令じゃなかったら、この戦車から、そのガキを叩き落としているってのによ」


「レーン隊長。本当に子どもが嫌いなんッスね。ほら、怖がることは無いッスよ? レーン隊長は惚れた女がコブ付きだったから、こんな性格に変わっちまっただけッスから」


「ん……。性格は直らないから性格。このひとは多分、元から、子どもが嫌いだと想う」


 シン・スー・リンが少女の手厳しい指摘に想わず、笑わずには居られない。


「はははっ! レーン隊長。これは一本取られたッスね! そういや、隊長は昔から子どもが嫌いだったッスわ!」


「うるせえんだぜ! そのクソガキより先にお前を戦車から叩き落としてやろうか!?」


「おっと、レーン隊長が怒ったッス! おい、がきんちょ。おいらの後ろに隠れていろッスよ? この隊長の格言は【有言実行】ッスからね! はははっ!」


 レーン・アーツは、豪快に笑う自分の副官に、ふうやれやれと毒気を抜かれてしまうのであった。


「わかった、わかった。俺様が悪かったんだぜ。おい、クソガキ。戦車から叩き落とすのはやめてやるから、せめて、名前くらい教えるんだぜ?」


 レーン・アーツは少女と和解するためにも、彼女の名前を聞き出そうとする。すると、彼女はただ一言


「ん……。マテリアル・レイ」


「えっ? マテリアル・レイだって? また、珍妙な名前だぜ。それはお前の本名なのか?」


「ん……。多分、そう。研究所ラボでは、周りからそう呼ばれていた」


 研究所ラボ? どこの研究所ラボのことをこいつは言っているんだぜ? とレーン・アーツは想うのであった。14歳程度でしかない、目の前の少女が、まさか、国のエリートでも無ければ、所属できないような研究所ラボの研究員なのか? と疑いの視線をレーン・アーツはマテリアル・レイと名乗る少女に向けるのであった。


「レーン隊長。まーた、そんなヒトを疑うような視線を向けるのは止めるッスよ。多分、レイちゃんは、研究所ラボの職員の娘とかじゃないッスか? そうッスよね? レイちゃん?」


「ん……。自分の出自については何もわからない。ただ、ボクは、あそこで育てられたとしか」


「育てられたあああ? まったく、近頃の研究所ラボは託児所か何かに変わっちまったのか? エリートさまたちは国民の税金で、好き勝手やってくれるもんだぜ」

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