第31話 わからない

「テトロ! や、偽もんか?」


これは、記憶じゃない。

現実だ。


耳鳴りや霧のようなものは治った。


いや、頭の中は、ぼんやりしている。


えっと、彼は――そう、モノウェ。


「ニセ、モノ? ボ……クハ……。テ、ト、ロ、ダヨ」


モノウェに笑い掛けようとしたが、表情が引きつって終わった。


笑うって、どうやるんだっけ。


大体、笑う意味がわからない。

なぜ笑う必要があると思ったのだろう。


反対側からも、誰かが来る。


「テトロ……? テトロだ!」


モノウェがそっちに走っていく。


どうして?

僕は一人しかいないのに……。


後ろから足音が近づいてきた。


「あいつには、今までのおまえがどっちかすらわからないんだな!」


嘲笑うその顔を見ていると、イライラして来る。

――イライラってなんだ?


「魂抜けたみたいな顔しやがって……。面白い奴!」


今度は堪えるように笑った。

どうでもいい。こいつのことなんて。


それよりモノウェだ。

あいつと何を話しているんだろう。僕の偽物と。


「なんだ、そんなにあいつがいいか? 俺がいるのに?! おまえもあいつと同じなのか?! だってあいつは、おまえをおまえとして見てくれなかったんだぞ?!」


今度は打って変わって怒ったような、必死な表情に変わった。


「 モ、ノ……ウェ……。ダ、イ、ジ」


ポツンと出てきた言葉だった。


そうだ、モノウェは大事な友達だ。


いや、兄弟だっけ?

わからない。


けれどきっと大事なことには変わりないんだ。


その時、頭上を光が横切った。

よく現れる、アレだ。


「なんだよ、犠牲者。ストーカーか? なんで俺たちの楽園にノコノコ入ってきてんだよ!」


犠牲者。ストーカー。楽園。

わからない。





その瞬間、僕はリトーリとジーロアの花畑に立っていた。


「テトロ? 様子がおかしいわ。どうしたの?」


ジーロアがいつの間にか目の前にいた。

僕はなんとも思わなかった。


覗き込むジーロアの瞳に、無表情の僕が映る。


「ジーロア!」


ジーロアの後ろで、聞き覚えのある声……モノウェの声がした。

横に僕もいる。


いや、偽物の僕だ。


「テトロ! モノウェ! それじゃあこの子は……。あれ?」


ジーロアは目の前にいるのに、その瞳に僕は映っていなかった。



「お前はもう、見えてもいないんだな……。俺と同じように」


リトーリも周りに見えていないということなのか。

わからない。


「なぁテトロ。お前が始めにいた場所はどこなんだ? 思い出せ。さあ」


頭がズッシリ重い。


記憶がごちゃごちゃしている。



始め、始め、始め……

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