第19話 侵食


 自分の体の一部がだんだん侵食されていく。


 それを止めるために、僕は薬を探さなくてはいけなかったんだ。

 完全なロボットになる前に。


 もしも僕が完全なロボットになってしまったら、どうなるんだろう。


 きっと、何も感じないし動けないのに、心がそこに囚われて……


 ずっと苦しくて、寂しくて、恐ろしいことだろう。


 死にたいのに、死ねないということになる。


『一つお前に覚えといて欲しいことがあんだ。いいか、物は、持ち主に見捨てられることを恐れている。けど、本当に怖いのは、いつまでも捨ててもらえないことらしい』


 モノウェの言葉は、このことを言っていたのかもしれない。


 僕はあのとき、ただの冗談かと思った。


 けれど、違った。




 きっとモノウェは、後で僕が悩むのに薄々気がついて、冗談っぽく納めたのだろう。


 でも、本当にこのことを言っていたとしたら、モノウェは他にも知っていることがあるんじゃないか?


 隠さないで教えてくれればいいのに。


 そういうところが、あのロボットにそっくりだ。


 どうして秘密にするんだろう。

 二人で組んで、僕をからかっているのか……?


 恐怖に嫌悪が重なって、喉の奥に大きな塊がつかえた。



 これから自分がどうなるのかもわからないのに、信じられる人がいない。


 父さんは、どうしているんだろう。


 おじさんは、どうして僕をここに連れて来たのだろう。


 目が、ジンジンする。


 これから僕は、どうすればいいのだろう。



 ポタリと溢れた涙は、布団に広がり、溶けていった。


 しかし、その光景が、僕の思考をさらに暗い方へと向ける。


 そうだ、もしこのシミのように、ロボットになるのがあっという間に広がるものだったら。感染するものだったら、と。



 皮膚の病気は、移りやすいと父さんが話してくれたことがあった。


 だとしたら、父さんも、叔父さんも、学校の人たちにも移るかもしれない。

 もう、すでに移っていたのかも。


 そうしたら、そのまま世界中が……

 モノウェにまで移してしまっていたら、どうすればいいんだ!


 世界中にどんどん機械が溢れていくのは、ワクワクする。

 次は何が生まれるのか、と。


 でも、それは、こんな意味じゃない。

 こんなの、間違っている!


 だから、おじさんは僕をこんな場所に飛ばして、もう誰にも移らないようにしたのか?


 本当は、治す薬があるなんて、嘘で……


 父さん、どうして教えてくれなかったんだ!


 あの時の顔は、ちゃんと気づいていた顔だったのに!


 わかっているなら教えてくれれば良かったのに!



 でも今は、まずここを抜けださなくては。


 なぜってここは誰かの家だ。ここの人に移してしまう。


 そんなの、嫌だ。


 その後は……


 あの何もないオレンジの空間にずっといればいい。

 もう誰も信用できないし、誰かに会っても移してしまうだけだ。


 けれど、そのまま死ぬなんて。


 いや、死ねるならまだマシだ。


 死ねなかったらどうすればいいんだ!



 世界が不安と恐怖と頭痛でグルグルと回転する中、僕はできるだけ音を立てないように、静かに進んでいった。


 耳を澄まし、ただ外に出ることだけを考えて。




 階段を降りるとありがたいことに、正面は玄関だった。

 そして靴は、やはり玄関に綺麗に揃えて置かれている。


 自分の後ろで扉がしまった時、ホッと息をついた。


 きっと大丈夫だ、移っていない。



 しかし、体はもう一人の自分を背中に背負っているかのように重たい。


 さっきまでの緊張感が解け、足に鉛がついているみたいだ。

 体を前に運ぶには、壁が必要だった。




 壁を伝って一つ目の角を曲がった瞬間、僕は何かにぶつかって、気を失った。

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