第15話「マダ、マッテイル」

 僕は何となく、元来た道を戻っていった。


 そして運がいいことに出口を見つけた。

 きた時に蹴ったあの壁に、ピンクの穴が空いていたのだ。



 少し不思議に思いつつ、そこをくぐり抜けると、また改札口のある場所に戻って来れた。


 もちろん、あの壊れそうなロボットもいる。


「ロボット君、久しぶり」


 そう言ってから、ロボット君という呼び方に違和感を感じた。


 ロボット君ってことは、僕が、人間君って呼ばれているのと同じだからだ。


「ねぇ、名前はないの?」


 ロボットが、ウィーンと顔を上げる。


 前よりも、ほんの少し、首が安定していた。

 自分で修理できるのだろうか。


 ロボットが、口を開く。


「ナマエ……ヒミツ」


 モノウェがイタズラをしてきた時にそっくりな表情だ。


 いや、気のせいか。


 きっと、ロボットにモノウェのことが重なって、そんな気がしただけだ。

 だって、ロボットに表情は存在しないのだから。


「ドウ、ダッタ?」


 相変わらず、不調和音みたいな声で、聞き取りづらい。


「友達ができたんだよ。モノウェっていう子! あんなに面白くて不思議な友達は、今までいたことがないんだ」


 そう言ってから、気づく。


 学校での友達は、僕とは何かが違っている気がするけれど、モノウェに対してはそう感じない。

 パズルで、ずっと見つからなかった最後の一ピースがぴったりはまったような、そんなものだ。


 そう思った瞬間、キュッと心の中が酸っぱくなった。


 やっぱり、あの場所に戻って、これからもずっと、モノウェと一緒にいたい。

 そうすればお互い楽しい毎日を過ごせるのに。


 だが、ここにきた理由を思い出す。


「そうだ、薬……!」


「クス、リ……?」


 このロボットは、薬のありかを知っているのだろうか。

 もしわかるなら、今すぐ連れて行ってくれればいいのに。


 ロボットの首が、ウィーンと僕のポケットに向く。


「アレ、ミタイ、ナ」


 あれ……あのスプーンのことか。


 僕はポケットからスプーンを取り出した。


 粉が溢れる心配もないから安心だ。


「ノゾ、イテ」


 どうせ粉があるだけだ。

 でも、見ないとロボットはいつまでも言い続けそうだから、仕方なく覗いた。


 スプーンの中には、やはり『粉があるだけ』だった。


 しかし、粉の量が増えている。

 スプーンの底が、うっすらと白い粉で隠れているのだ。



 何を聞かれるかわかっていたので、僕は先に


「少し粉の量が増えたよ」


 と伝えた。


 それを聞いたロボットの感想はこうだ。


「ウレ、シイ……カナ、シイ」


 意味がわからない。


 しかも『悲しい』をいう時の音量がいやに下がったのは何故だろう。


 僕はポケットにスプーンをしまった。


 そういえば、すっかり話をそらされた。

 ロボットのくせに、上手いなあ。


「ねぇ、薬のこと、わかる?」


 ロボットは、ウィーンと空間のほうを見た。


「マダ、マッテイル。@&☆%○、ガ」


 無視された。

 完全に。


 いや、もしかしたら、聞こえなかったのかもしれない。


「ねぇ、薬のこと、わかる?」


 ロボットも、繰り返す。


「マダ、マッテイル。@&☆%○、ガ」


 カチンときた。


 さっきの訳のわからない感想といい、無視といい、おまけにしつこくて……


「はいはい、行けばいいんでしょ!」


 僕は、ダンダンと地面に足を踏みつけながら、ロボットの目の前を通り過ぎて、空間の中と入っていった。




 その足音を聞いたロボットの『表情』が少し曇り、そのあと一瞬現れた、白い線香の煙のような光を見て『顔色』が悪くなったのを、テトロが気づくことはなかった。








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