第13話男の子が怒るわけ

 彼は、いつもの事さ、と苦笑した。


「見ての通り、ここには物を大事にしない人達がやって来るんだ。あっちは夢の中みたいなもんだけど。時には甘やかされたペットってこともあんな」


「ペットも来るの?!」


「ああ。野生の生き物は道具なんて使わないから、来ることはないが。いや、使う場合もあんだけど、ちゃんと感謝の心を持ってるから、物は奴らを恨まん」


 男の子の目に、情熱の火がついた。


「物たちが訴えてんだ。感情があるはずのない物たちがな。奴らは持ち主に大切にしてもらうか、反省させるまで、騒ぎ続ける。それをほっとくと、暴走しだすこともあるらしい。奴らを救いたい! みんなに物を大事にしてほしい!」


 僕はさっきの女性を思い出す。


「あの人、時計をどうするんだろう」


「もう時計はゴミ処理場さ。けど、多分大丈夫。気持ちの問題だからな。物はちゃんとわかってる。いつかは捨てられる日が来んだって。そんときに、ちゃんとお礼とか謝る気持ちがあれば、物は恨んだり、悲しんだりしない」


「そうなんだ……」


 僕は今まで感謝していたのだろうか。

 無意識に傷つけることもあったかもしれない。


「だから何十年もここで毎日そんな客の相手をしてんのさ」


「な、何十年?!てっきり、五、六歳かと……」


 でもまあ、言っていることを考えると、五、六歳ではないのかもしれない。


 彼の炎はフッと消えて、たちまち笑いに変わった。


「ハハハっ!いやー、歳をとれないっていうのも大変だ!」


 ずっと死なない?

 それって、どんな感じなんだろう。


 それに、会う人はみんなイライラする人ばかりで、どんどんいなくなっていく……


「寂しくない?」


 よく、こういう、死なないことを求める人はいるらしい。

 でも、終わりのない道を歩いていくのも、辛そうだと思う。


 いつか死ぬから、頑張れるのに。


「こんなにたくさんの物たちがいんだ!寂しくなんかない。それに、誰も必要としなくなったら、自分は消える!そんな気がしてんだ。まぁ、いつだって物を大切にしない奴らは必ずいんだろうけど」


 自分が消えるかもしれないことを恐れているのか、喜んでいるのか、よくわからない表情を見せる。


 うん、やっぱり五、六歳の表情じゃない。


「そうだ!おまえも声が聞こえんだよな?」


 全く、コロコロと気持ちが変わる子だ。

 こっちの方が全然年下なのに、ちょっとついていけない。


 でも、こういうのも面白いかも。


「うーん、声っていうか、気持ちがわかるみたいな……?なんとなくだし」


 そう、確信じゃなかった。


 雲のように形がハッキリしないものが流れ込んで来る感じ。

 それに、この別世界みたいなところに来るまでは、一度もなかった。


「そんだけでも、すんごいことなんだぞ?! 普通、人間でわかる人っていないからな。ペットなら、稀にわかるやつもいんだけど」


「そういえば、ペットとはどうやって話すの?」


「どうやってもこうやっても、普通に話すんに決まってんだろ? それって普通じゃないんだっけ? あ、そんなに驚かないんだな」


 僕は頷いた。


 こんな所で起きることだ。普通なわけがない。


 そう思うと、すんなり受け入れられた。


「物たちの声を聞くのは本当に大事なんだ。中にはモヤモヤを抱え込んでんのもいる。そういう奴のことは、周りの奴らから聞くしかないからな」


 物たちのモヤモヤを見つけて助けていくなんて、心理カウンセラーみたいだ。


「周りの奴らって?」


「物たちのことさ。物同士、ちゃんと会話ができんだからな」


「そっか、仲間みたいなものだもんね」


 物同士の会話って、どんなことを話しているんだろう。


 僕はさっき拾って男の子に渡したパソコンに目をやった。


『バッテリー、少なすぎだよ!』

 とか、

『今日もたくさん頑張ったなぁ』

 とか言っていたのかな。


「んで、お願いしたいことがあんだけど!」


「お願いしたいこと……?」


「おまえもここを手伝ってくれんか?! 一人じゃ大変だし!」


 僕は、危うく頷くところだった。


 だが、ポケットに入っているスプーンがスマホのバイブレーションみたいに震えたので、ここに目的を思い出す。

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